豪州の移民政策が日本に示唆する「地獄の釜」


2019年11月6日に言論プラットフォーム「アゴラ」に掲載されたAJCN事務局長の記事です。AJCNは移民の国オーストラリアに依拠したグループでメンバーは長くオーストラリアに住んで、移民国の長所と欠点を知り尽くしています。そんなメンバーたちの意見をまとめて投稿し日本の実質的移民法(入管改正法案)に対する懸念を表明しました。


オーストラリア・ジャパン・コミュニティ・ネットワーク 事務局長 江川純世

オーストラリアは国民の数を増やし、高齢化を防ぐために移民政策を積極的に使い、特定分野の労働力不足を補いながら順調に人口とGDPを増やしてきた。今日本では経済界の要求に基づく自民党の入管法改正案が十分な議論を経ずに推し進められている。この日本政府の移民拡大策推進に戸惑っている日本人の多くは、豪政府の絶え間のない移民政策改善の努力、抜け穴ふさぎのためのあがきを知らない。オーストラリアの移民政策を裏打ちしている社会的な仕組みのいくつかを紹介することにより、やり方次第では国を壊しかねない移民政策にとって何が必要なのか、警鐘を鳴らしたい。



1.移民政策で一旦入れた外国人の数は鼠算的に増える
 海外移民達の目的は母国から抜け出して移住目的国で暮らすことであり、職業の選択は2の次である。仕事は生活の手段であり、滞在ビザが何であれ、家族と共に合法的にそこに住めれば、仕事の種類は眼中にない。  
 外国人就労拡大を旗印とする現法案の問題は主に2号にある。技能が高い就業者には滞在年限を定めず、つまり永住権を付与し、家族の帯同も許すとある。ここオーストラリアでは永住権の審査は年々厳しくなっているが、取れればオーストラリア人と同じ福利厚生を受けられる。当然母国に配偶者や子供がいれば呼び寄せビザ申請を行い、高齢の父母がいれば同様に申請が可能である。ひとり移住すれば100人になると言われる所以であり、抑制するのは困難だ。


2.移民のマジョリティは中国人である。中国人対策を移民政策の中心に
 日豪の累積移民の数で最も多いのは中国からの移民であり、中国人を意識した法制でなければならない。中国人は順法精神が低く、ばれなければ何でもやるという考え方である。安保上の対策としては中国の「国民動員法」対策が中心となるだろう。


3.移民も人間、日本人とは異なる語学・文化教育、福祉政策、離職・再就職を前提とした移民向け就労支援システムに投資が必須。居住エリアの限定政策の検討も
 健康保険、失業手当/生活保護、無料語学教育など広範囲にわたる移民の生活支援ための社会インフラを作る必要がある。オーストラリアの例を説明する。

1)健康保険は永住者でない限り民間保険に各自加入。現在の日本では国民健康保険に加入させているようであるが、オーストラリアの国民健康保険(Medicare)に加入できるの国民と永住者のみである。移民申請の際重要視されるのは、指定病院での健康診断である。シリアスな既往症があったり、患っている場合は不合格、ビザは却下され療養目的に乗り込んで来る人をシャットアウトする。

2)移民の就業に際しては、政府機関Centrelinkに登録した後、就職支援会社で週一回のオフィスでの就活と面談が実施されている。種々の理由で離職し、同じ民族の集団に潜ると移民の存在が把握できなくなる。なかなか就職できない移民が犯罪に走る可能性も大きい。週1回の面談は、失業率を低減させるためであるが、犯罪に走る移民の動きを抑制し、監視する役割も持つ。現在のハローワークで対処できるだろうか。

3)就労に必要な英語力がない場合は英語教育プログラムへの参加、ITに詳しくない場合はPC操作の教育プログラムに参加することができ、メンタルヘルス、DVなどの問題についても専門家が無料でカウンセリングを行っている。これも大きな財政負担となる。

4)英語が話せない移民は政府のービス(TIS:Translation and Interpreting Service)を無料で受けられる。通訳可能な言語は160か国語以上。日本でこの種のサービスが可能とは思えない。


4.移民のビッグ・データ管理、不法滞在者への対応は具体的に
 移民政策設計の基本は性悪説である。2025年までに移民50万人増を目指すとなれば、不法滞在者用の隔離施設と母国への送還予算の計上も必要となろう。

 オーストラリア内務省は外国人や二重国籍者を含めた92万人余(2017年)が登録されている「要注意人物リスト」を作成した。危険区分の中で最も多いのは「国家の安全に対する脅威」。対象者は全体の約45%を占め、次に多いのは「重大・著名事件の犯罪者」で全体の約12%。日本でもこの種のデータベースの作成とそれを実施できる法的環境の整備が必要となろう。豪政府統計では各種ドラッグ使用経験者は国民の1/3に達している。ドラッグの使用に対する禁忌意識の低い国や犯罪発生率の高い国からの移民は日本の犯罪発生率を確実に高める。

 豪州政府のオンライン・サービス・アカウント(MyGov)を作成すると各種のデータ(下記)にアクセスができる。これを見ればCentrelinkに登録した居住者の各種のデータが一元管理されていることがわかる。日本ではマイナンバーの活用もままならないと聞いている。現状では移民のデータ管理など夢のまた夢か。



5.中国には偽造できない証明書はない。移民の申請内容のチェック・システムの整備が必要
 豪州では中国人の各種申請添付書類に偽造が多いことが知られている。そのため豪政府はその書類の真贋を判定するいくつかの仕組みを使っている。


6.家族帯同の許可についての家族の範囲の設定、家族関係の確認システム、離婚/再婚に際しての滞在ビザの発給ルールは厳格に
 移民の受け入れに伴い鼠算的に外国人居住者が増え、社会負担が増える背景には、家族呼び寄せ制度がある。一旦受け入れた配偶者が離婚した場合のビザの扱い、養子で子供が増えた場合の扱い、介護が必要な両親の呼び寄せなどについても細かいルールを設定し抜け穴をふさがなければならない。


日本にこれらができるのだろうか?




サイレント・インベージョン - 中国の属国化が進むオーストラリア


今世界中で注目されている豪州のクライヴ・ハミルトン博士の著作 Silent InvasionをAJCN山岡代表が解説した記事を掲載します。この記事は新潮45 9月号に掲載されました。10月4日にハドソン研究所で講演したペンス副大統領の、中国に対する最後通牒ともいえる講演内容にも大きな影響を与えました。米国でも読まれ始め、年内には日本でも山岡代表監訳で翻訳版が出版されます。全面戦争前の、あらゆる分野での小競り合い、軍事衝突が始まっているとペンス副大統領は述べ、このGrey Warを米国が始めたと宣言しました。この戦争の端緒は米中のTax Warでしたが、南シナ海での小競り合いも本格化しており、ここが主戦場になると豪シンクタンクも見ています。10月10日に行われた日豪2+2の会議もこの線で対中国戦略が話し合われました。日本のメディアが殆ど報道しないため、いまだ日本国内の日本人は安穏としていますが、豪州在の日系人の方々にはこの記事を読んでいただき、世界が大きく動き始めていることを肌で感じてもらいたいと思います。


シドニー市内の書店に平積みされるSilent Invasion



今年の2月26日、オーストラリアで衝撃的な本が出版された。タイトルは“Silent Invasion(サイレント・インベージョン)”。直訳すれば、「静かなる侵略」だ。サブタイトルは「オーストラリアにおける中国の影響」。実は当初は「いかに中国がオーストラリアを属国化しているか」という、もっと率直なものだったが、版を重ねる過程で現在のものに修正された。

人口2500万人程度のオーストラリアで、発売以来2万部以上が売れたベストセラーとなっている。大手書店や空港の書店では現在も平積みされている。

著者はチャールズスタート大学のクライブ・ハミルトン教授(65)。名門メルボルン大学卒で専門は公共倫理。気候変動に造詣が深く、オーストラリア政府の気候変動調査機関の役員でもある。また、自らオーストラリア研究所というシンクタンクも創設している。2009年には社会貢献が評価されて叙勲した他、「緑の党」から連邦選挙に出馬し、次点となった。頻繁にメディアに登場し、政策への影響力を有するご意見番だ。そのようなハミルトン教授が出版した「サイレント・インベージョン」とはいかなる本であろうか。各章の要旨を書き出してみよう。

1. オーストラリアを周辺国と見なし、赤く染める中国の野望
2. 中国共産党の中華帝国再生の夢
3. 海外の中国系移民を動員し利用する政策へシフト
4. ダークマネー:巨額の買収資金
5. 取り込まれる大物政治家
6. 一帯一路に含まれるオーストラリア
7. 経済で誘惑し恫喝する中国
8. 膨大な人数のスパイと工作員、そしてハニートラップ
9. 政府や研究機関の奥深く入り込む中国人スパイ
10. 支配される大学と侵害される学問の自由
11. 文化戦争-移民先文化を破壊する中国人
12. 中国を支援し、肯定するオーストラリア要人
13. 自由主義を守る代償とは

ありとあらゆる分野で中国の浸透工作が進んでいることが書かれている。オーストラリアは中国共産党に「西側諸国における実験台」に選ばれたとハミルトン教授は指摘する。オーストラリア人に対しては経済的インセンティブが想像以上に威力を発揮すると気付いた中国共産党は、経済をテコにオーストラリアのエリート層を親中化し、アメリカから引き離す戦略を強力に推進してきた。それは大成功を収めるかに見えた。が、ハミルトン教授の本が強力なウェイクアップコールとしてオーストラリア社会に鳴り響いたのだ。

この、「静かなる侵略」の中身について、重要なポイントを詳しく見てみよう。


中華帝国復権の夢

福田康夫政権下の2008年に発生した、北京オリンピック長野聖火リレー事件を覚えている方も多いだろう。4月26日、聖火リレーが行われる沿道を4000人以上とされる中国人が埋め尽くした。彼らは巨大な五星紅旗を振りかざし、チベットを支援するグループなどに暴力行為を加えた。その異様な光景は日本人に大きなショックを与えた。

実は、この時同じことが南半球のオーストラリアでも起こっていた。首都キャンベラで行われた聖火リレーに、何千人という中国人、主に留学生が集合したのだ。そこにたまたま居合わせたのが、クライブ・ハミルトン教授だ。

ハミルトン教授は、沿道でチベットの解放を訴えるグループを控えめに支援していた。だが、そこに現れた巨大な「赤い群衆」は、その数の多さもさることながら、暴力的で、異様な攻撃的高揚感に溢れていた。彼らは猛り狂う集団と化し、チベットのグループを暴力的に蹴散らしたが、現地の警察は無力だった。
ハミルトン教授は、民主主義国家オーストラリアの首都で、言論の自由が特定の集団の暴力的な示威行動によってあっさりと否定された現実に大きな衝撃を受けた。そして、「何かが裏で起こっている」と直感した。
それから10年、あるオーストラリアの国会議員が、中国共産党と関係が深い中華系ビジネスマンから多額の献金を受け、中国政府に好意的な発言を繰り返したことが問題となり、辞任に追い込まれる事態が発生した。なんと、労働党と自由党という、オーストラリアの二大政党に対する最大の献金元が複数の裕福な中国人ビジネスマンになっていたのだ。当然ながら、それらの献金者は中国共産党と深く結びついている。
ハミルトン教授は不吉な予感が的中したことを確信し、本格的に調査を開始することを決意した。そして明らかになったのは、あらゆる角度から着実に実行されている中国共産党による浸透工作だった。中共は、オーストラリアの大地を赤く染め上げ、属国化しようと画策していたのだ。人口が少なく、開かれた移民政策と多文化主義を国是とする自由主義国家オーストラリアは格好のターゲット(餌食)だった。

調査を開始して、ハミルトン教授が最初に気付いたことは、90年代初頭における中国共産党の政策大転換だった。ソ連の崩壊と冷戦の終結は、中国共産党にとって、自らの正統性を共産主義の優位性に求められなくなった瞬間でもあった。求心力を維持するために中共が採用した方策はなんだったか。それは民族主義の高揚であった。それは下記の考え方に基づく。

「過去1世紀は、中国が傲慢な西欧諸国と残虐な日本人によって踏みにじられた屈辱の歴史であった。今こそ中国共産党の指導のもとで、偉大な中国を再建し、屈辱を晴らす時が来た」

これで説明がつく、とハミルトン教授は確信した。キャンベラ(および長野)に終結した「赤い軍団」は、まさに中国共産党が推し進める「復讐と民族再興」というストーリーに則った国民教育の成果だったのだ。

さらにハミルトン教授は指摘する。
中国共産党は意図的に、中国イコール中国共産党、という構図を作り上げている。つまり、トランプは嫌いだがアメリカは好き、という、民主主義国家なら当然の発想は許されない。中国を愛することは党を愛することだ。逆に、中国共産党を批判することは、中国人を批判することになる。だから、中共批判は民族としての中国人への攻撃であり、レイシズムだと強弁する。明らかなすり替えである。しかしこれは、人種差別に敏感で贖罪意識のあるオーストラリア人にとっては有効な圧力となりうる。それゆえ、ハミルトン教授は「サイレント・インベージョン」を書くにあたり、嫌中のレイシズムと非難されないように細心の注意を払わざるを得なかった。


歴史改ざん

では中国は具体的に何をしてきたのか。まずはここでも「歴史改ざん」である。尖閣にせよ、南シナ海にせよ、大昔から中国が発見し、占有していたと主張するのは定番になっている。しかし、中国の「世界発見史」は周辺地域に留まらない。2003年に胡錦濤がオーストラリア連邦議会で演説した際、驚くべき歴史観を披露した。

「中国人民は皆、オーストラリアの人々に友好的な感覚を持っています。遡ること、1420年代、当時の明王朝の船団がオーストラリアに辿り着き、以来、数世紀にわたって中国文化をこの土地にもたらし、地元民と融和的に暮らし、オーストラリアの経済、社会、そして多元的な文化に貢献してきました」

なんと、オーストラリアはキャプテン・クックやエイベル・タスマンより先に、中国人によって発見されたと言っているのだ。この論調は一過性のものではない。狙いを定めたら歴史の改ざんから始める。いつものパターンが発揮されている。


海外在住中国人の有効活用

そしてハミルトン教授によれば、中国共産党は、海外在住中国人に対する方針を、2000年から徐々に、2011年からは完全に切り替えたという。以前は国外に出て行った中国人には距離を置いていたが、最近では、海外の中国人を国益の為にフルに活用する。対象は、オーストラリア国内の100万人を含む、世界中に散らばった5千万人の中国人だ。これらの中国人をコントロールするための組織が党中央委員会から出先の国にまで作られている。その統制手法はマルクス・レーニン主義に基づき、毛沢東が開発した組織化手法だ。現地の社会に根付いた中国系移民を中国の国益の為に動員する。前述の学生動員はその一例だ。この手法に距離を置く法輪功やチベット独立支持派のグループは監視と弾圧の対象となる。
ここで留意すべきは以下の点だ。彼ら「赤い軍団」は普段は学生として普通に生活している。しかし、一旦、党からの指令があれば、このように組織化され、攻撃的な民族主義に高揚し、意見が異なる人々を暴力的に弾圧しても「母国の為に正しいことをしている」と信じて疑わない集団と化す。もちろん、巨大な五星紅旗や大型バスの調達は党が全面的に支援し、オーガナイズしている。世界のどこにいても、中国人である限りは、スイッチひとつで機動する装置の一部なのだ。ある中国人学者がハミルトン教授に言った。「中国人は、愛国的であれば何をしても許されると思っている」


冷戦時代のソ連を凌駕する中国共産党のスパイ活動

そもそも中国はスパイを多数活動させている。2005年にオーストラリアに政治亡命した元中国外交官の陳用林は、オーストラリア国内で1000人規模のスパイが活動していると語った。冷戦時代のソ連でさえ、数十人単位のスパイを潜入させることが精一杯だったのに、なぜ中国共産党はそのような膨大な数のスパイを潜伏させることが可能なのか?
それは、全く異なる手法が採用されているからだとハミルトン教授は説明する。伝統的な訓練されたスパイを送り込むだけではなく、前述のように、現地在住の一般人を幅広く活用する。裕福なビジネスマンを使って有力政治家に接近する。大学や研究所をプロパガンダ機関に転換する。学生を使ってデモを行い、反中国の活動家を弾圧し、法輪功のメンバーや、反中的発言をする学者や教師について密告させる。中国人企業家に重要拠点の不動産を買収させ、人民解放軍のフロント企業に軍事的に重要な港を賃借して管理させる。メディアを買収して、世論を親中に誘導する。エリート層には高い報酬や名誉あるポジションをオファーし、無料で中国に招待する。
もちろん、ハニートラップが多用される。豪州当局は数多くのハニートラップの事例を把握しているという。このように、官民一体となってありとあらゆることが行われる。それぞれの個人は日頃特段目立つこともなく、あからさまな違法行為もせず、一般市民として生活している。しかし、遠く糸が伸びた凧のように、北京から操られている。これはまったく新しい手法で、従来型のカウンターインテリジェンスを念頭に置いてきた豪州の関連機関も対応に苦慮している。


中共の手に落ちる大学とパンダハガーとなる著名政治家たち-北京ボブと呼ばれる男

この工作の成果として最も有名なのが「北京ボブ」である。
シドニーの中華街に隣接して、シドニー工科大学(UTS)という大学がある。この大学に、2014年5月、黄向墨という裕福な中国人ビジネスマンがUTSに約1億5千万円(189万豪ドル)の寄付をして、豪中関係研究所(ACRI)というシンクタンクが開設された。その黄の希望で所長に就任したのが引退した大物政治家、ボブ・カーだ。カーは労働党所属で、長くニューサウスウェールズ州の首相を務めたことで記憶されるが、引退前にジュリー・ギラード内閣で外務大臣も務めた。
開所式には現役のビショップ外相まで参加し、中国大使も出席したが、やがて、このACRIが出した報告書が、豪中自由貿易協定を肯定する根拠として、与党自由党によって多用された。協定の労働条項に懸念を示す野党労働党を牽制するツールになったのだ。そして、ボブ・カーは元々労働党に忠実だったはずだが、豪中自由貿易協定を徹底的に支持する立場を明らかにした。そして、中国への依存に懸念を表明する人々を「冷戦メンタリティ」と批判した。

これにはハミルトン教授も驚きを隠せない。なぜなら、1989年の天安門事件直後、ニューサウスウェールズ州の野党党首だったカーは、抗議に集まった1万人を前に、「マルクス・レーニン主義政党の一党支配は馬鹿げた時代錯誤だ。中国における複数政党による民主主義のみが血の惨事を防げるだろう」と発言していたからだ。また、2012年には外務大臣として、オーストラリア内の親中派を批判していた。このような変節甚だしいボブ・カーには、いつしか「北京(ベイジン)ボブ」というあだ名がつけられた。北京ボブは当然のごとく、南シナ海における中国の軍事基地化を強く支持し、ドナルド・トランプを猛烈に批判し、オーストラリアはアメリカと距離を置くべきだと主張した。完全に中国のスポークスマンと化してしまった。

ハミルトン教授は結論する。ACRIはまっとうな研究機関を装った、北京のプロパガンダ機関であり、その究極の目的はオーストラリアの政治と政策を中国共産党に有利に導くことだ、と。本来、学問の自由を本望とする大学の研究機関が金に幻惑され、存在感の喪失に悩む元政治家が、自分が完全に北京の手先になっていることも自覚せずに主導した。
北京ボブはその後、多くの批判と嘲笑を浴び、長年政治家として培った信用のほとんどを失った。


オーストラリアの反撃 - 遅い目覚め

このように中国は、武力ではなく、まさに孫子の兵法のように、戦わずして「静か」に社会を侵食してオーストラリアを属国化する作戦を着実に実行している。
オーストラリアは慌てて、1970年代以来、40年以上ぶりに、国会でスパイ対策関連法を見直し、強化するという議論を始めた。そして平成30年6月末、外国による不当な内政干渉を受けにくくするための法案が上下両院で可決された。法案では、外国の利益を代弁してオーストラリア国内で政治活動をするすべての人間に、その国との関係や活動内容などを事前に届け出ることを義務付けている。
さらに、外国政府に代わって企業機密を盗む行為を新たにスパイ行為として罰則の対象とする法案も合わせて可決した。これを受けて、ポーター司法長官は「オーストラリアの安全保障を脅かす行為を阻止するため、われわれが必要な手段をとり続けるという強いメッセージを送るものだ」とする声明を発表した。オーストラリア政府は、外国人からの政治献金を禁止する法案も年内の成立を目指すなど、今後も外国からの内政干渉には断固たる措置をとる構えだという。(NHK NEWS WEB オーストラリア議会 内政干渉を防ぐための法案可決 2018年6月29日)

しかし、中国の浸透工作はすでにかなり深く進行している。中国が簡単に諦めるとはとても思えない。ジ・オーストラリアン紙によると、去る6月、2015年に要衝ダーウィン港の99年間リース権を5億600万豪ドル(約410億円)で落札した、中国山東省のエネルギー・インフラ企業の嵐橋集団(ランドブリッジ)傘下のランドブリッジオーストラリアが、今後3-5年で数億豪ドルを投資して同港の拡張を計画していると発表した。中国人にとって99年は永遠を意味する。

また、教育分野でも浸食が進んでいる。世界各地の大学に孔子学院という教育機関を装うプロパガンダ機関が設置されていることは知られているが、シドニーがあるニューサウスウェールズ州では公立の小中学校に「孔子学級」なる機関が置かれ始めている。大学同様、資金難の学校にアプローチし、中国語や中国文化を教える孔子学級を設置する条件で資金援助をオファーする。中国政府に都合が悪いことは一切教えず、学校教育から排除させる。親の間では急速に懸念が広がっている。

これからオーストラリアでは共産主義対民主主義の長く苦しい戦いが続くだろう。必然的に、米中対決に巻き込まれていくことは避けられない。

ハミルトン教授が指摘するように、中国共産党が掲げる「中華帝国再生の夢」には、「復讐」という苛烈な概念が含まれている。常に、復讐という名の下に敵を外部に設定し、そこに国民の意識を向かわせるのだ。
評論家の石平氏によれば、日本はとことん憎むべき敵として利用し、幼少期から徹底した反日教育を行う、だから中国のエリートは、いつか日本を支配し、日本人を虐殺したいと考えているという。
日本にその自覚はあるだろうか?そしてオーストラリアに学ぶことができるだろうか?




性行為を強いられた慰安婦。誰が強要したのか?朝日新聞は行為者を明示せよ!


AJCNは継続して朝日新聞の慰安婦報道の嘘を追及してきました。2014年8月、同社が日本国内で虚報を認めた後も、英語記事で印象操作に基づく慰安婦強制ストーリーを拡散し続けている同社の姿勢を批判しています。今回の記事は朝日新聞の英語記事の作為的なプロパガンダともいえる表現を改めることをAJCN山岡代表がケント・ギルバート氏と共に同社本社を訪問し申し入れをしてから、同社と行った交信をもとに、さらに同社の欺瞞を明らかにしています。その後表現の修正どころか、記事の撤回と挺身隊と慰安婦を混同したという重要記事をメタタグを使って隠すという同社の作為が発覚して、日本中に批判の渦を巻き起こしたことは皆さんご存知のところです。メタタグ事件はまた別の機会に紹介するとして、まずは英語記事の表現に係わるやり取りをお読みください。


朝日新聞本社訪問

平成30年7月6日午前10時。大江戸線築地市場駅を出ると、巨大なレンガ色の建物が降りしきる雨に煙っていた。朝日新聞本社。都心の一等地にそびえる重厚なビルが、この新聞社が長年日本の言論界に支配的な存在として君臨して来た歴史を偲ばせる。雨をよけながら、ケント・ギルバート氏の到着を待つ。報道陣も集まり始めた。

朝日新聞英語版の慰安婦記事に対する訂正などを求める署名と申込書と提出するため、同東京本社に来訪した米国カルフォルニア州弁護士ケント・(左)とAJCN代表の山岡鉄秀氏=7月6日、東京都中央区 (産経新聞8月12日記事から)

 ちょうど2年前から追いかけている朝日新聞英語版における慰安婦強制印象操作問題で、ついに朝日新聞社に直接申し入れる日が来た。一般の国民が気付かないところで連綿と続く英語による印象操作でどれだけ国益を損ねたか、計測不能だ。

80年代と90年代、吉田清治のつくり話が信じられていた頃、朝日新聞が英語版で性奴隷(Sex Slaves)という言葉を躊躇無く使っていたことを私は知っている。国会図書館でフィルム化された記事をリールでくるくると回しながら、当時何が世界に発信されたかを見て暗然とした。11歳の小学生が日本軍の慰安婦にされた、という衝撃的な記事まであった。朝日新聞は吉田の証言が虚偽だと判明した後も、ずっと放置して来た。その間に、慰安婦イコール性奴隷という固定概念が世界中にまき散らされ、浸透した。

2014年8月、やっと吉田清治証言の虚偽を認めた後、朝日新聞は英語版でも性奴隷という言葉を使わなくなった。その代わり使い始めたのが、次の表現だ。

Comfort women, who were forced to provide sex to Japanese soldiers before and during World War II.
第二次大戦前、および大戦中に、日本兵に性行為を強制された慰安婦 
Comfort women is euphemism for women who were forced to provide sex to Imperial Japanese troops before and during the war. Many of the women came from the Korean Peninsula.
慰安婦とは戦前および戦中に日本軍部隊に性行為を強制された女性たちの婉曲表現である。女性たちの多くは朝鮮半島から来ていた。

慰安婦に関する記事であれば、これらのフレーズやセンテンスが文脈にはまったく関係なく機械的に挿入される。たとえ、日本政府が国連で慰安婦の強制連行や性奴隷化を否定したことを伝える記事であってもだ。

今回、朝日新聞側で我々に対応したのは、及川健太郎編集局ゼネラルマネージャー補佐、後田竜衛広報部長、河野修一広報部長代理の3人だった。大西達夫弁護士を加えた我々3人は小さな応接室に通され、向かい合って座った。我々は印象操作中止を求める10,411筆の署名の束を手渡し、努めて穏やかにこちらの論点を説明した。朝日側も紳士的に対応していた。


受動態の陥穽

しかし途中、ギルバート氏の語気がやや荒くなる局面があった。ギルバート氏は、受動態を使用して印象操作を狙う姑息さを指摘していた。

“Were forced”と受動態で書かれているから、強制されたのは明らかである。しかし、”By XXX”という部分がないから、誰が強制したのか明示されていない。性奴隷とか強制連行という言葉もどこにも書いていない。しかし、これまで日本軍による強制連行が散々流布されてきた事実や、日本兵に対して性行為を提供させられた、という文脈から判断して、読者は当然「日本軍が組織的に強制連行して性奴隷にした」と思い込んでしまう。実に姑息な印象操作の手法だとギルバート氏は憤る。ここで肝心なことは、私のような英語を日常使用する日本人だけではなく、アメリカ人で弁護士のギルバート氏がそう断言する、という事実だ。もちろん、他にも多くのネイティブスピーカーが賛同している。この点は議論の余地がないと言っていい。


我々は次の四点を申し入れた。

  1. 今後、前記の表現(forced to provide sex)を使用しないこと
  2. 吉田証言が虚偽であり、記事を撤回した事実を改めて英文で告知すること
  3. もし、前記表現が軍隊による物理的強制連行や性奴隷化を意味しないと主張するなら、具体的に、「性行為を強制された(forced to provide sex)」とは何を意味するのか明確に説明すること。
  4. 今後慰安婦の説明的表現を追加するなら、comfort women who worked in brothels regulated by the military authoritiesなどの表現を使用すること。

我々は、朝日がforced to provide sexという表現が、軍隊による物理的な強制を意味しないと強弁することを想定して、3の質問を入れていた。我々の主張を否定するならば、実際に何を意味しているのか明確に説明すべきだ。後田広報部長の「重く受け止めて真摯に回答する」という言葉を受けて、我々は朝日新聞本社を後にした。


さらなる受動態で答える朝日新聞

回答期限の7月23日、夕方になって受け取った後田広報部長名の朝日の回答全文はウェブサイト(https://stop-asahi-propaganda.jimdo.com/)を見て頂くとして、私は上記3の質問への回答を見て唖然とした。

また、「forced to provide sex」という表現について、英語ネイティブスピーカーが読めば、「軍隊による物理的な強制で性行為を強いられた」という印象を受けると指摘されていますが、当該表現は「意に反して性行為をさせられた」という意味です。

受動態で行為者を曖昧にするのは公正ではないという指摘に対し、「意に反して性行為をさせられた」と受動態で答えている。これではまったく答えになっていない。”forced”と書いているのだから、意に反しているのは当たり前である。強制性を前提としながら、行為者を明示しないという無責任な行為を止めようとしない強い意思を感じる。

おそらく朝日は、理由がなんであれ、本人の意に反していたらそれはすなわち強制であり、性奴隷である、と言いたいのだろう。いわゆる広義の強制というわけだ。しかし、広義の強制という捉え方なら、強制した行為者も様々だ。昔は、前金をもらって子供を奉公に出す習慣があった。売春などの醜業もこれに含まれた。その場合は貧困に強いられたとも言える。また、朝鮮ではそのような契約を結ぶ権利は親にしかなかったから、親に強いられたとも言える。娘が嫌がっても、女衒が強引に連れ去ったケースもあったそうだから、朝鮮人女衒も強制の行為者だ。

朝日新聞の回答があまりにも曖昧であったため、我々は7月26日付で追加質問をすることにした。この、「forced to provide sex」の意味を巡る問題に関しては次のように質問した。

Forced to provide sexという表現の意味は「意に反して性行為をさせられた」という意味だとのことですが、forcedと書けば、意に反していたのは当然で、この表現の読み手、取り分け英語を母語とする読者の通常の言語感覚からすれば、たとえby XXXという受動態の構文における行為者の明示がなくとも、私どもが指摘している「軍隊による物理的な強制で性行為を強いられた」という印象と何ら変わりがありません。そこで改めてご質問いたします。御社が使用するforced to provide sexというフレーズにおいて、「女性の意に反して性行為をさせた」のは誰なのでしょうか?明確にお答え願います。


63年前の朝日新聞記事

私の手元に国会図書館で見つけた一枚の記事がある。昭和30年8月15日発刊の朝日新聞朝刊だ。終戦10周年特集として東京本社で開催された座談会の記録である。タイトルは「終戦直後の苦心」「調達命令乱れ飛ぶ」とある。占領下でGHQの命令を受け、東奔西走した人々の苦労話披露会という趣だ。

参加者は以下の通り。
田中栄一 内閣官房副長官
与謝野光 東京都衛生局長
福田赳夫 民主党衆議院議員
曽禰 益 右社参議院議員
大池 真 衆議院事務総長

与謝野光は与謝野晶子の長男で、終戦時は東京都防疫課長だった。座談会で与謝野は次のように語った。

「9月の14,15日だったか、マックアーサー司令部から呼び出しがかかったので、行ってみると実は君を呼んだのはこういうわけだといって大きな東京の航空写真を出して、実は折いって頼むのだけれど兵隊のために女の人を世話してくれという。(笑)よく調べたものでそういう場所は地図にちゃんと点が打ってある。将校にはどこ、白人兵にはどこ、黒人兵にはどこがいいだろうか相談に乗ってくれという。将校はいいけれども、黒人兵には僕も弱った。後で恨まれるだろうと思って。(笑)仕方なしにある場所を考えたんだが……。そのとき性病でもうつされては困るから予防措置をやれといわれたが薬がないから責任が持ち切れないというと、よろしい、薬は必要なだけやろうといってダイヤジン、ペニシリンなどを幾らでも無料でくれて、こういう方式で検診治療をやれ、責任は都知事が持てといったから仕方なしに花柳界に診療所をつくって都の職員の手で検診治療をやった」

与謝野の別の手記によれば、この時、与謝野に依頼したのはGHQ軍医総監ウエブスター少将で、慰安用に指定された場所は、将校用が向島、芳町、白山、白人兵士用が吉原、新宿、千住、黒人兵士用が亀戸、新小岩、玉の井だったという。(新潮45 1990年5月1日号 敗戦秘話・「占領軍慰安」防備録)

この与謝野の発言を裏付ける公文書までは見つけられなかったが、当然、当時の朝日新聞は裏取りをしたことだろう。この場合、ほとんどの女性が意に反して米軍兵士の相手をさせられたと考えられるが、強いたのはGHQではないのか?

このように、広義の強制などという曖昧な定義をすれば、強制の行為者もまた多様なのである。それにも拘らず、「forced to provide sex」とだけ書けば、読者は日本軍による強制連行(狭義の強制)を連想する。広義の強制などと言いながら、わざと行為者を曖昧にし、狭義の強制としか受け取れない表現を繰り返し使うことは、まことに欺瞞的と言わざるを得ない。


8月3日、我々の追加質問に対する朝日新聞からの回答が届いた。

冠省
 今回いただいたご質問については、基本的には前回お送りした回答で意を尽くしていると考えております。
 今後も、記事でどのような表現を使うかについては、国内外のさまざまな立場の意見や歴史研究の蓄積なども考慮しながら、個々の状況や文脈に応じてその都度、判断してまいりたいと考えています。
草々

結局、朝日新聞は、強制の行為者を明示することを拒否した。

朝日新聞などの左翼メディアや、中国や韓国の反日活動家たちが慰安婦問題を「女性の人権の問題」とすり替えるのは欺瞞も甚だしい。

もし、当時の女性たちが、仕方なく売春業に従事したことが「広義の強制」だというのであれば、彼女たちに強制した主体は「貧困、娘を業者に売った親、親から娘を買って儲けた女衒」など、多岐にわたる。駐留した日本軍に需要を作り出した責任があるとすれば、日本軍に自主的に参加し、慰安所を利用していた大勢の朝鮮人兵士たちも同様だ。だから、朝日新聞は「日本軍が物理的に女性を強制連行した」ように読める印象操作を繰り返しながらも、具体的に強制の主体を聞かれると答えることができない。

弱い立場に立たされた女性達への同情と反省は必要だ。しかし、弱者の政治利用ほど醜いものはない。そういうことをする人々こそ現在においてもひどい搾取をしているものだ。活動家たちはなぜ今現在膨大な借金を負わされ、パスポートを取り上げられ、安物の着物を着て日本人を装って中国人顧客を相手に売春をしている韓国人女性たちを救出しないのだろうか。




植村さん、「慰安婦」名誉棄損裁判を続けるのは無意味ですよ!


JAPAN Forward記事リンク
Uemura, It’s Pointless to Pursue Your ‘Comfort Women’ Defamation Case



<日本語訳>

元朝日新聞記者である植村隆氏は、日本外国特派員協会で以下のように述べた:私は、慰安婦記事に関する「論争には勝った」。しかし、私の報道に誤りがあると言って来た者に対して起こした訴訟には負けたのは遺憾だ。

植村氏が挑戦的なコメントを発したのは、金学順氏について彼が書いた朝日新聞の記事に関連して、櫻井よしこ氏から名誉棄損を受けたという彼の訴えを、札幌地裁が2018年11月9日に退けた後のことだ。

金氏は1991年に元慰安婦だと名乗り出た韓国人女性。櫻井氏は日本の著名な保守系ジャーナリストであり、国家基本問題研究所の所長だ。

1991年8月11日に、植村氏は朝日新聞大阪版の記事に、金学順氏に関してこのように書いた:「女子挺身隊」の名目で戦場に連れて行かれ、日本軍兵士に対して強制的に売春させられた「韓国人慰安婦」の一人が、ソウルで存命中だ。

植村氏の記事は、事実に反し、誤解を招き、作り話に等しいと批判した者は多いが、櫻井氏もその一人だ。2015年、植村氏は櫻井氏に対して論争を挑むのではなく、名誉棄損で訴えた。

しかし、法廷で明らかになったのは、植村氏が1991年の記事中で、金氏の言ったことを書かずに、言わなかったことを書いたことだった。

3回の別々の機会に、金氏は自分の体験について話している。

最初は、1991年8月14日、植村氏の記事が出たほんの数日後だ。金氏はソウルで開かれた記者会見に出席した。韓国のハンギョレ新聞の記事によれば、金氏は14歳の時に、母親によって平壌のキーセン(朝鮮半島の伝統的売春宿)のオーナーに売られた。17歳の時に、義父となっていたオーナーが彼女を中国にいた日本軍のところに連れて行き、そこで慰安婦となった。

2度目は、1991年12月に彼女が他の韓国人男女と一緒に日本政府を訴えた時の申し立ての中だ。彼女は以下のように述べた:彼女は金泰元という人物の養女となり、14歳から3年間、キーセン学校に入った。17歳になった時、彼女は養父である金泰元氏から、中国へ行けばお金を稼げると言われ、中国に連れて行かれた。

3度目は、臼杵という名の日本人による金氏へのインタビューの中だ。これは月刊誌「宝石」に寄稿された。金氏はハンギョレ新聞と同じ話を繰り返したが、母親が彼女をキーセンに40円で売ったことを付け加えた。

植村氏が櫻井氏を訴えた裁判の中で、札幌地裁は、金氏の3つの別々な証言には十分な一貫性があり、金氏の経験を正確に述べていると推測できるとした。

3つの証言によれば、金氏の体験は、以下のようにまとめられる。

金氏は満洲の吉林省で1924年に生まれた。彼女の父親は彼女が生まれて100日後に亡くなった。貧困に苦しんだ彼女の母親は、彼女を平壌にあるキーセン宿(朝鮮半島の伝統的な売春宿)に40円で売った。彼女はそこで3年間教育を受け、17歳の時に、彼女を育てたキーセン宿のオーナーに、中国へ行けばお金を稼げると言われ、中国に連れて行かれた。中国で彼女は、そこに駐留していた日本軍の慰安婦になった。

しかし、金氏の証言が彼女の体験の主要な部分構成しているにもかかわらず、植村氏は朝日新聞の記事の中で、金氏の複数の証言について全く書かなかった。

その代わりに、植村氏は、金氏が全く言わなかったことを書いた。上記の3つの証言の中で、金氏は女子挺身隊に入隊させられたとは全く言っていない。女子挺身隊は戦時中の動員法に基づいて組織されたもので、慰安婦とは何の関係もない。

慰安婦の存在は全く秘密ではなかった。それは広く知られていて、映画の中にさえ登場することがあった。日本人に衝撃を与えたのは、植村氏の、金氏が生き証人だとして語ったという、以下のような話だ。「純粋に工場労働者となるべく女子挺身隊に入隊した一人の若い女性が、慰安婦になるよう強制された。」日本の人々は植村氏の朝日新聞の記事に衝撃を受け、金氏に深く同情した。

植村氏は金氏に自分で直接インタビューしたことは一度もないと認めた。彼は、インタビューの録音テープを聞いただけで1991年8月11日の記事を書いた。その録音テープは、彼が言うには、この件に関して運動をしている韓国の活動家グループである挺対協が所有していたものだった。挺対協は金氏にインタビューしたと主張しているが、植村氏は札幌地裁で、そのテープも、当時取ったであろうメモも、既に持っていないと証言した。

植村氏はまた、慰安婦と女子挺身隊は全く別物だということを十分に知っていたと認めた。植村氏はさらに、金氏が女子挺身隊に入れられていないということも知っていたと認めた。

それでもなお、植村氏は金氏が女子挺身隊に入れられた後に強制的に売春をさせられたと書いた。植村氏は、慰安婦と女子挺身隊は当時の韓国では混同されていて同義語であったという、それを唯一の理由としてそのように書いたのだと証言した。

植村氏の主張は、さらに、以下の事実とも矛盾する。すなわち、朝日新聞は、彼の1991年の記事を、慰安婦と女子挺身隊という全く別のものを混同してしまったという理由で取り消した。その記事が出た当時、資料不足だったとも述べた。

最終的に、札幌地裁は、櫻井氏が植村氏の記事を、誤解を招くものであり、また、ねつ造に等しい、と批判することは、全く妥当であると結論づけた。

櫻井氏の批判は、確かに、植村氏のジャーナリストとしての評判を傷つけた。しかし、朝日新聞による大規模で組織的な誤誘導によって、慰安婦問題が国際問題にまで大きくなってゆく背景で、彼女の行為は明らかに公益にかなっている。よって、櫻井氏の批判は名誉棄損にはあたらない。

札幌地裁はまた、植村氏の韓国人義母が、慰安婦問題に関して日本政府に対して訴訟を起こしているグループの役員であったことを認定した。彼女は後に、詐欺行為のために逮捕されている。ジャーナリズム倫理の観点からすると、そもそも、植村氏は彼の義母の活動を支援する記事を書くべきではなかった。

札幌地裁での敗北を不服として、植村氏は既に控訴した。

櫻井氏は植村氏に、ジャーナリストは、意見が異なる場合に、法廷で争うのではなく、論争すべきだという明確なメッセージを送った。

植村氏によれば、彼は慰安婦をめぐる論争に勝ったそうだ。本当に勝ったのだろうか。いや、決して勝ってはいない。彼は事実から逃げ続けている。

Written by 山岡鉄秀
Translated by 清水政明(予備校講師)




フィリピン慰安婦像撤去、中国「静かなる侵略」を阻止した意味

山岡鉄秀(AJCN代表)


 4月末、フィリピンの首都、マニラにある「慰安婦像」が撤去された。2017年12月に設置されて以降、日本政府は再三懸念を示していた。撤去後、ドゥテルテ大統領は「日本の償いは何年も前に始まった。侮辱するのはもうやめよう」と述べ、公共の場への設置に反対する考えを明らかにした。

 今回は北米に置かれた慰安婦像とは違い、大統領が行政を直接動かしたことや、日本の影響力が相対的に高かったことが撤去を可能にしたと言えるだろう。おそらく、一度設置された慰安婦像が撤去された初めてのケースであろう。

 この知らせに、胸をなでおろした人も多かったに違いない。雨後の竹の子のように建てられる慰安婦像には、明らかに反日的な意図が込められており、多くの日本人がウンザリしていたはずだからだ。一方で、今回の撤去に異論を唱える識者の記事もインターネット上で見受けられた。代表的なのは、ジャーナリストの江川紹子氏や毎日新聞の澤田克己元ソウル支局長だろうか。

 2人の主張はおおむね同じである。要するに「日本政府がフィリピン政府に対して、懸念を伝達したことは筋違いだ」というのである。その理由は、韓国とフィリピンの違いにあるという。

 例えば、ソウルの日本大使館前に建てられた慰安婦像は、2015年末に結ばれた「日韓合意」の精神に明らかに反し、ウィーン条約に違反するだけに、日本政府が抗議することには正当な根拠があると指摘する。しかし、マニラのケースは、大使館前に設置されたわけではなく、日本軍の現地女性に対する性暴力があったことは事実であり、「日本政府の撤去要請はご都合主義で横暴であり、かつてのアジア女性基金の趣旨をないがしろにするものだ」との批判を展開した。

 筆者は、慰安婦像の設置計画案に立ち向かう在豪日本人の母親たちをシドニーでサポートするため、4年前に非政府組織(NGO)を立ち上げたが、たとえ設置阻止に成功しても日系住民の過酷な現実は変わらない。そのNGOの代表として彼らの批判に一言申し上げたい。慰安婦問題は、もはや女性の人権問題とはかけ離れた「安全保障上の問題」と化しているのである。

2017年12月、フィリピンのマニラ湾に面した遊歩道に建った慰安婦像

 だからこそ、女性の人権を隠れみのにする「国家ぐるみの政治工作」に嫌悪と脅威を感じている。その実態は本来、民間の市民団体の手に負えるものではない。それでも、今回のマニラの慰安婦像を建てたのが「華人系」と聞いてピンと来なかったら、この問題の本質が理解できていない。

 軍事ジャーナリストのマイケル・ヨン氏が「『手袋』が韓国で『中の手』が中国だ」と指摘した通り、慰安婦問題の背後には中国がいる。中国は従来の「南京大虐殺」に「慰安婦問題」を反日情報戦のネタとして加えたのである。

 昨年建てられた米サンフランシスコの慰安婦像は最たるもので、完全に華人の主導だった。中国は最近になって「慰安婦の総数は40万人で、その半数は中国人だった」などと突然言い出し、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)への登録を目指している。

 慰安婦像の設置を阻止したシドニー郊外のストラスフィールド市のケースでも、華人による日本の戦争犯罪を糾弾する会が突然結成され、韓国側に呼び掛ける形で運動が始まったのである。こんなことは工作なしには起こり得ない。事実、筆者はこの件に工作員が活動していたことを把握している。

 しかし、像の公有地への設置に失敗すると、華人と韓国人はお互いを非難し合って分裂してしまった。「韓国人と組んだり、任せたりすると失敗する」と踏んだ華人が、韓国人を当てにせず運動を世界展開しているのが現状だ。

 さらに、慰安婦像を建てて「それで終わり」ということはない。次に始めるのが、慰安婦像を使った「洗脳教育」である。子供たちを像の前に連れて行き、日本はこんなひどいことをした民族だと教え込むのである。

 筆者の手元に『南京虐殺とその他の日本軍の蛮行、アジア-太平洋戦争 1931-1945』という分厚い英文教材の1巻と2巻がある。これらは、高校の教師向けに、いかに効果的に日本の戦争犯罪を生徒に教えるかを指南する教材である。

 慰安婦問題に特化した教材もある。始めは「偏見とは何か?」というような、いかにも教育的な内容である。だが、読み進めていくと南京事件や慰安婦制度をナチスのホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)と同列に格上げし、批判することも否定することも不可能にしてしまう。北米にはこういう教材を作成し、学校関係者に流布することを目的とする華人組織が複数存在する。

 なぜそんなことをするのか。それは中国の覇権にとって日本が邪魔だからである。実はこれらの教材を読み込むと、「米国は講和条約にも中国を含めず、常に中国を弱体化させようとする政策をとっており、そのために日本を利用している」という認識を持っていることが分かる。

 だから中国は、米国の敵視政策を改めさせ、日本との同盟を分断することを戦略的な目標としているのである。「主戦場」は北米だが、東南アジアやオーストラリアでも、同じようなスキームを可能な限り適用している。当然、韓国人の「反日感情」も利用できそうなところでは使う。あくまで慰安婦像の設置は、このような戦略的展開の一端に過ぎないのである。

 ところで今、オーストラリアで「サイレント・インベージョン(静かなる侵略)」という本が話題になっている。チャールズ・スタート大学のクライヴ・ハミルトン教授が、中国がいかに合法的にオーストラリアを実質的な属国にしようとしているかを調査、告発した本である。その内容は衝撃的だ。

 2008年、ハミルトン教授は、キャンベラの国会議事堂の外で、北京五輪の聖火リレーが通過するのを待っていた。そこで、チベットの自由を訴える小団体を、何千人もの中国人学生が暴力で圧倒する光景を目の当たりにしたという。だが、オーストラリア当局は何もできなかったのである。この光景は、まさに2008年に長野県で日本人が目撃したものと同じであり、明らかに組織的な行為だ。それがハミルトン教授の心に大きな疑念を抱かせた。

「台湾は中国の一部ではない」と言っただけで台湾人女性アルバイトが解雇されたという豪シドニーにある華人経営の火鍋店

 そして2016年、中国共産党とつながりの深い裕福な中国人ビジネスマンが、自由党と労働党というオーストラリア二大政党に対する最大の献金者であったことが発覚した。そこで、水面下で何か大きなことが進行していると確信したハミルトン教授が調査を始めると、驚愕(きょうがく)の事実が判明した。オーストラリアの政策、文化、不動産、農業、大学、組合、そして小学校に至るまで、全て中国共産党の影響が及んでいたのである。

 オーストラリアは「経済には中国の存在が重要だ」と歓迎し、資源バブルに浮かれている間にすっかり取り込まれてしまった。今ではオーストラリアを最初に発見したのが、キャプテン・クックでもアベル・タスマンでもなく、なんと明代の武将である鄭和(ていわ)だったとまで公然と主張されているという。

 オーストラリアの自由主義と多文化主義を逆手に取った、中国による「静かなる侵略」が深く進行しているのである。2005年にオーストラリアに政治亡命した元中国シドニー総領事館の一等書記官、陳用林氏は「オーストラリアは中国の浸透工作が最も成功した例だ」と述べている。

 確かに、女性の人権をうたう人は、往々にしてこの手の話が嫌いだ。数年前、アジア女性基金を主導した元理事に「慰安婦問題を語るには中国の活動も視野に入れるべきではないか」と進言したら、「あなたとは建設的な議論はできない。あなたの言うことは出来レースだ」と意味不明の暴言を吐かれたことがある。

 純粋に女性の人権尊重という「美しいテーマ」を見つめていたいのか、醜悪な国際政治の現実などはその瞳に映したくないのだろうか。慰安婦像を建てる活動家たちは皆、純粋に女性の人権を守り、記憶を引き継ぐために活動している、と信じたいのである。

 それなら、フィリピンも含めて、慰安婦像はなぜ日本人の裏をかくように、不意打ちのように建てられるのか。これまで「こういう像を建てたいと思いますが、決して反日ではなく、女性の人権全般に関しての意識向上が目的です。どうしたら民族間の対立につながらず、平和的なものにできるか、相談させてください」と一度たりとも申し出てきたことがあるだろうか。皆無である。

 活動家たちは、いつも後から言い訳がましく「これは反日ではない」などと主張するが、実際には何も知らない子供たちに「日本人はひどい民族だから憎んでもよい」と教えているのも同然だ。決して「これは歴史の教訓だから、日本人を憎んだり敵視したりしてはいけない。これは全人類の問題だ」とは教えていない。

 だから、特に主戦場である北米では、反日教育が浸透するにつれて、圧迫を受ける日系の子供たちが増えている。泣いて帰って来た子供の姿にショックを受けた母親たちからの悲痛な訴えをつづった手紙を筆者は何通も読んでいる。

 ある米国の中学校では、韓国系の生徒たちがだまされて慰安婦にされた韓国人女性が逃亡を企て、日本兵に刺殺される劇を演じ、動画にしてインターネットで公開している。それも学内コンテストの参加作品だったという。

 念のため断っておくが、筆者は慰安婦の存在を否定したり、東南アジアで朝鮮半島のような統制が効かずに戦時性暴力が発生した例があることを否定しているのではない。事実、日本人女性も実に甚大な被害を受けている。

 言うまでもなく、戦時下における女性の人権侵害は、すべての国を含む普遍的な問題である。だからこそ、誰も反対できないようなテーマを隠れみのにし、政治的工作を仕掛ける勢力が存在することを見逃してはならない。慰安婦像を支持する日本人活動家たちは、そのような政治的工作によって被害を受ける日系の子女や母親の人権は全く顧みない。

ジャーナリストの江川紹子氏

 それどころか、彼らは波風を立てたくない日本人が被害届を出さないことを逆手にとって「いじめなど都市伝説にすぎない」などと平気で主張する。筆者にはそのメンタリティが理解できない。しかし、被害は確実に広がっている。

 このような背景があるだけに、日本政府がドゥテルテ大統領に懸念を表明し、像の撤去を求めたことは当然であろう。戦時中に被害にあった女性たちへの同情や記憶の継承への誓いと何ら矛盾しない。それとは全く次元が異なる問題である。

 だからといって、大使館前でなければ像を建てても問題ない、ということにもならないし、フィリピンの慰安婦像だけが純粋な動機に基づいているとも言えない。慰安婦像撤去を非難する人々は、歴史認識を利用した「謀略戦」の矢面に立たされる日系住民の恐れと苦悩を理解していないのだろう。中にはストレスで病気になってしまった人も少なくない。

 そして、たとえ江川氏や澤田氏が純粋に善意に基づいた主張をしていたとしても、そのような主張は歴史問題を利用する勢力にとって非常に好都合なのだ。それは冷戦時代に西側の左派リベラル系の学者やジャーナリスト、活動家の言動がコミンテルンをはじめとする共産主義勢力に利用されてきた歴史と重なるからである。

ソース:iRONNA フィリピン慰安婦像撤去、中国「静かなる侵略」を阻止した意味




ノーベル平和賞・ICANとピースボートとの”蜜月“

ICAN/ピースボートの反核に名を借りた倒閣政治運動の真実を事実に基づき活写したAJCN山岡代表の記事です。月刊Hanada9月号に掲載されました。月刊Hanadaは官邸、政治家、官僚、ジャーナリストの間で最も読まれている月刊誌です。


AJCN代表 山岡鉄秀
宿泊費を肩代わり?
 6月12日の米朝会談を控え、北朝鮮が「シンガポールでのホテル代が払えないから第三国に肩代わりを求めている」という報道が流れて世界を驚かせた。
核兵器を開発する金があるのに、ホテル代がないなどということがあり得るのか、日本人の常識はもちろん、国際社会の常識においても、あり得ない屈辱のはずだが、専門家によれば、朝鮮半島の文化では特に恥ずかしいことではないという(重村智計教授「デイリー新潮」6月9日)。だから、私はかねてより、朝鮮半島の国家に対して「道徳的に優位に立つ外交を推進すべき」などという発想は全く無意味だと主張してきた。道徳的概念を共有していないのだ。
この北朝の求めに対し、米政府は即座に「肩代わりするきはない」との声明を発表した一方で、シンガポール政府が「考慮する」意思を示した。そして驚いたのは、あるNGOも代金の肩代わりを申し出たことだ。そのNGOとは、ICAN(International Campaign to Abolish Nuclear weapons)である。
ICANは核兵器禁止条約の制定に向けたキャンペーンを展開し、条約の実現に大きく貢献したとして、昨年、ノーベル平和賞を受賞したのは記憶に新しい。
スエ―デン出身のベアトリクス・フィン事務局長が来日し、「広島、長崎以外で同じ過ちが繰り返されていいと思っているのではないか」「条約に署名しない日本は世界で孤立する」などと、日本政府を傲岸不遜に非難したのを覚えている方もいるだろう。
また、安倍首相に面談を求めたが実現しなかったことで、「安倍首相が逃げた」かのごとく報道したメディアも目立った。安倍首相の外遊中の日程で、しかも直前の申し込みで会えないのは当然のことだったにもかかわらず、朝日新聞に至っては共産党・小池晃書記局長の「あなたは本当にどこの国の首相なんですか」という見当違いの発言を取り上げる始末だった (2018年1月15日) 。
 ICANも共産党も、核兵器で恫喝する北朝鮮に文章で正式に抗議し、核兵器の廃棄と条約批准を求めて記者会見を開くべきではないのか。それをせずに、世界で最も平和的で言論の自由が保障されている日本で言い掛かりめいた発言をするのは欺瞞でしかない。オバマ前大統領 がノーベル平和賞を受賞した時点で、ノーベル賞から平和賞を省くべきだと思ったが、今回その思いを新たにした。
 このICANというジュネーヴに本部を置くNGOの目的は、団体のホームページによれば、ひとつでも多くの国に核兵器禁止条約に批准させることである。その目的を遂行するために、世界中の市民社会を動員することを主たる活動とする。
 実際の組織運営は、趣旨に賛同するパートナー団体の共同運営だ。パートナー団体のなかから「国際運営グループ」(ISG)を形成し、参加グ ループの代表者(国際運営委員)の 合議で運営を担う。そのISGの指揮下に、個人からなる国際スタッフチーム(IST)を形成して実務を行う。
 
ICANのホームページによると、現在、ICANを運営する国際運営グループには下記の団体が参加している。
・ Acronym Institute for Disarmament Diplomacy (イギリス)
・ African Council of Religious Leaders ? Religions for Peace (ケニア)
・ Article 36 (イギリス)
・ International Physicians for the Prevention of Nuclear War (アメリカ)
・ Latin America Human Security Network (アルゼンチン)
・ Norwegian People’s Aid (ノルウェー)
・ PAX (オランダ)
・ Peace Boat (日本)
・ Swedish Physicians against Nuclear Weapons (スウェーデン)
・ Women’s International League for Peace and Freedom (アメリカ)
 
お気づきのように、ここで日本のピースボートが登場する。ピースボートは他の9団体とともに、ICANの実働部隊なのである。このピースボートを含む上記10団体は、昨年ICANがノーベル平和賞を受賞した際に、メダルと賞状の公式レプリカを授与されている。これら十のNGOのなかから、ピースボートを含む三つのNGOについて考察してみる。

ICANの正体を知っていますか (写真:朝日新聞デジタル2017年12月10日記事)


フェミニスト団体が運営
「 Women’s International League for Peace and Freedom」(婦人国際平和自由連盟)というアメリカの団体は、その日本支部のホームページによると、1915年(大正4年)、第一次世界大戦の 最中に、武器のない平和な世界を希求する欧米諸国の女性たちが中立国のオランダ・ハーグに集まり結成した世界で最初の女性の平和団体で、1946年にはすでにノーベル平和賞を受賞しており、スイスのジュネーヴに国際本部を置く。 
専従の事務局長と専従のスタッフが運営を管理し、国連ジュネーヴ本部でのロビー活動を行い、主に国連 人権理事会や国連軍縮会議を監視する本格的なNGOである。この団体のビジョンは「全ての人への平等と正義、そして、暴力と軍事衝突のない世界」を目指すこととあるが、団体が唱える「変革理論 (Theory of Change )」というダイアグラムを見ると、最終ゴールは「フェミニストの平和 (Feminist Peace) 」になっている。このことから、実態はフェミニスト団体であることが推察できる。 
そして、この団体の国際会長に、 2015年から日本女性が選ばれている。同志社大学の秋林  こずえ教授だ。私はネット上に投稿されている、2016年9月に米国アメリカン大学で開催された秋林教授の講演を聴いた。
「十九世紀まで独立王国だった沖縄は、近代化された日本に併合された。少数民族ゆえに政治力がないため、米軍基地が集中している」
「危険な普天間基地は米国では安全基準を満たせず、許可されえない。滑走路と学校が隣接している。だから事故が発生する」
「政府は1996年に普天間基地を5〜7年以内に移設することを発表したが、2016年のいまも実現していない」
 秋林教授は2015年11月13日に、神戸市中央区のJR元町駅前 で SEALDs KANSAI が開催した「辺野古新基地建設に反対する全国一斉緊急行動」にも参加している。 
誰でも、基地なぞなくて済めばそれに越したことはないと思う。しかし、莫大なコストをかけて基地が沖縄に存在しているのにはもちろん相応の理由がある。それは考えず、また、不法行為で基地の移転を妨害している極左活動家の批判はせずに、弱者の少数民族対横暴な国家権力という構造に単純化してしまう。 
隣国の覇権主義の脅威も思考の範囲に入らない。北朝鮮を非難せずに日本政府を非難するのと同じ構図がここにもある。まさに、SEALDs のメンタリティだということだ。

テロ支援団体まで!
 この例からも、予想どおり、左翼的思想を持った団体が多いことがわかるが、なんと外国政府から「テロ支援」の容疑で高額の罰金を科せられた団体もある。前掲のリストに載っている「 Norwegian People’s Aid 」(NPA)だ。ノルウェーの首都・オスロに本部を置くNPAは1939年設立の、紛争時の人道支援、紛争後の復興支援、地雷の除去などを行う大型老舗NGOである。 
今年4月4日のUPI通信によると、米国司法省は、米国にテロリスト指定された組織を支援した容疑で、NPAに対して200万ドル(約2億2千万円)の罰金を課した。司法省によると、NPAは2012年から2016年にかけて、アフリカの発展途上国を援助する名目でアメリカ合衆国国際開発庁 ( USAID ) から補助金を受け取っていた。 
だが、補助金を受け取る前に、米国にテロリスト指定されているイラン、ハマス、パレスチナ解放人民戦線、パレスチナ解放民主戦線に本格的な支援を提供していながら、それらの事実を隠し、虚偽の申請をしていたという。
 具体的には、イラン軍との一部合同で、イランにおいて地雷撤去プロジェクトを実施したり、ハマス、パレスチナ解放人民戦線、パレスチナ解放民主戦線に対して、〝今日の若者、明日の指導者“( Youth of Today, Leaders of Tomorrow )という市民参加型のプロジェクトの実施に資金援助したりした。 
このプロジェクトは、ガザ地区に住む前記政治団体に属する15歳から28歳の若者に、ディベートや交渉のトレーニングを提供し、より有能な政治活動家に育成することを目的としていた。これらは明確な規律違反だった。 
実は、NPAには前科があった。 1999年にノルウェーで放映されたドキュメンタリー番組によると、 NPAが使用する複数の航空機がスーダン人民解放軍(SPLA)に80トンから100トンもの武器や地雷を供給していたという。 
番組内でインタビューされたパイロットは、食料や薬、毛布などの救援物資を輸送するつもりで参加したが、実際には積荷のなかに大量の武器弾薬、さらに地雷が含まれていることに気が付いたと証言した。 
また、スリランカの国防省は、2002年から2004年にかけて、NPAがノルウェー政府公認でタミルタイガー(タミル・イーラム解放のトラ)を直接支援し、2006年のマビル・アル危機の際にも、停戦地帯で活動していたNPAが公然とタミルタイガーを支援していたと指摘した。
つまり、NPAは地雷撤去などの人道支援を行うNGOを標榜しながら、紛争当事者の一方に地雷を含む武器弾薬を提供し、紛争を長引かせていたのである。このような組織が ノーベル平和賞を受賞するとは、常軌を逸している。 
ノーベル平和賞は、五部門あるノーベル賞のなかで唯一、スウェーデン政府ではなく、ノルウェー政府が授与主体となっているのである。

日本の加害検証が目的
 そして、日本のピースボートである。ピースボートと言えば、現立憲民主党議員、辻元清美氏ら数名が1983年に設立して以来、安値とポスター貼りによる割引制度(地球一 周船旅のコスト99万円が、ポスターを3,500枚貼ればゼロ)をウリに乗船者を募り、35年間続いている団体だ。 
洋上プログラムには、水先案内人と呼ばれる講師陣によるカルチャー、ボランティア、平和活動等に関するセッションも用意されている。セッションの講師は筑紫哲也氏、加藤登紀子氏、鎌田慧氏、池上彰氏、 池田佳代子氏、宮台真司氏などといった面々。「平和っていいよね。平和憲法を世界に広めよう!」という趣旨で、船上で踊る「九条ダンス」が催し物の一つとしてある。
ここまで書いただけで、(ノーベル平和賞を受賞した)ピースボートがどのような団体か想像がつくが、そのピースボートが世界各地で核廃絶を訴える「おりづるプロジェクト」の一環として、第96回オセアニア一周クルーズを企画。2018年1月18日に横浜港を出港し、2月に豪州のパース、アデレード、メルボルン、ホバート、シドニーでイベントを開催した(ちなみに、ICANの発祥の地はメルボルン)。
 そこで現地のAJCNメンバー は、メルボルン(2月1日)とシドニ ー(2月5日)でのイベントに参加し、イベントで何が実際に行われたのかを確認した。配布された資料も すべて入手して分析した。
まず、配布されたパンフレット(英文)を見て驚いた。「ピースボートとは何か?」 (What is Peace Boat? )と題してピースボートについて説明しているのだが、設立目的として「ピースボートは、アジア太平洋地域における侵略者としての日本の歴史を検証することを目的に設立された」と書いてある。 
そして、ピースボートが取り組むプロジェクトが並んでいるのだが、なんとそこには韓国編として「元慰安婦の証言を聞く」というのがある。その記述を和訳して下記に示す。 〈第二次大戦中、比喩的に慰安婦と呼ばれる多くの女性が、特に韓国人女性が、日本軍によって性奴隷になることを強いられました。戦後の民主化活動に勇気づけられ、多くの元慰安婦が賠償と人権の認知を要求しました。
ピースボートは日本の過去、特にこのような教科書に載っていない恥ずべき過去について学ぶことが地域の和解と平和の鍵であるとの信念に基づき、女性たちの話を参加者と聞 プログラムを企画してきました〉(山岡訳)
 まるっきり北朝鮮と繫がりを持つとされる韓国の挺対協の主張である。パンフレットには、ピースボートに乗船してセレモニーに参加する元慰安婦の写真が載っている。

反日洗脳教育を実施
 さらに、「沖縄基地問題に取り組む」というのもある。
〈米軍基地は沖縄の人々にとって大きな重荷です。日本の南方に位置し、日本の国土のわずか0.6%しかない島に、日本国内の米軍基地の74%が集中しているのです。軍関係者による犯罪や暴力、そして騒音公害が地元住民に影響を与え続け、 常に事故のリスクが存在します。ピースボートはこの問題に対する意識を高めるため、地元住民の声を日本国内と米国に届ける活動を行っています〉(山岡訳)
 辺野古の反基地テント内で、ピースボート乗船者が反基地活動家の話に聞き入る写真が掲載されている。この辺りの活動は、前出の婦人国際平和自由連盟と重なる。
 さて、このようなピースボートに乗船したら、どんなことが待っているのだろうか?
ピースボート乗船経験が5回あり、マジシャンとして船上で営業していた柳田昌宏氏は、動画で次のことを証言している。
●セッションでは、反米反日洗脳教育が行われている。
●スタッフは、どれくらいの人間を変えたかの自慢話をしていた。
●ソマリア沖では、ピースボートを海上自衛隊が勝手に守ったと主張、口裏を合わせるよう強要された。
●乗船していた元自衛官は、インターネットでの自衛隊との情報交換を 遮断され、船室キャビンに監禁されていた。
●普段、個人では行けないような場所(北朝鮮含め)に行くことができるが、ピースボートが教えたいところ(国)しか見せてくれない。
 (https://www.youtube.com/ watch?v=vG7GLBFOnWs)
 
実際の乗船者の半分以上は高齢者 (6割以上)で若者は少数(約2割) と、TV(TBS特番)で紹介されている。若者のポスター貼りボランティアによる割引分は、この正規料金を払う高齢者たちが負担していると解説しているが、ピースボートのターゲットはあくまでも若者たちであり、船という閉鎖空間で反米反日の洗脳が行われていると推察することができる。
このようなピースボートが行く先々で彼らを迎えるのは、必然的に政治的信条が彼らと類似した人々、団体である。メルボルンでは2017年6月11日に、地元の日系住民が企画した杉田水脈氏の講演会を妨害したとされるグループがイベントに参加していた。 
その中心人物とされる元広島市立大学広島平和研究所教授の田中利幸氏は、現在メルボルンに在住。「慰安婦制度は戦時暴力」と主張する田中氏は、渋谷で開催され、ピースボートも参加した2017年11月25日の日本軍「慰安婦」問題解決全国行動ろうそく集会にも参加した。彼は海外移住後も、毎年活動拠点であった広島でのイベントに参加しているが、視察した人によれば、昨年は天皇制打倒を声高に主張していたそうである。
 シドニーには、定住者中心の日本人クラブがある(JCS)。JCSは東日本大震災支援プロジェクトなどに熱心に取り組んでいるが、慰安婦像反対運動には「政治的活動はできない」として協力を拒んできた。
そのJCSが、会報誌に〝ICAN ノーベル平和賞受賞記念〞として、 ピースボートの豪州でのイベントを紹介し、ピースボートのリンクを貼り付けた。ノーベル平和賞受賞団体のイベントの紹介は〝政治的活動にあたらず〞問題ない、と判断したのだろう。
しかしそのリンクを辿ると、在シドニー日本総領事館前でのデモへの参加が呼びかけられている。なんと、日本から乗船してきた人々が現地の住民とともに、日本総領事館に対して「核兵器禁止条約に署名しないことへの抗議」を行うというのである。 これについては、日本総領事館から在シドニー邦人に対して注意を呼びかけるメールが配信された。


(シドニー日本クラブJCS 便り2018年1-2月号17 ページ)


言論の自由が保障され、核兵器を保有しない平和的な豪州で、同じく非核保有国の日本を非難することに何の意味があるのだろうか?北朝鮮や中国に対して非難声明を出すのが筋ではないのか。実に欺瞞的であり、立派な政治活動であることは言うまでもない。

慰安婦像活動まで!
そして、この話には笑えないオチがつく。JCSの名誉会長は、シドニー総領事だったのである。たとえ純粋な動機に基づいて行動しても、国際社会の現実にナイーヴ過ぎると こんな事態を招いてしまうから注意が必要だ。
さらに象徴的なのは、シドニーで慰安婦像設置活動を続けてきた韓国系反日団体である Friends of ‘Comfort Women’ in Sydney (FCWS)の幹部とメンバーが多数イベントに参加していたことだ。この団体の幹部には、ソウルに拠点を置き、世界中に慰安婦像を建てる活動をしている挺対協のユン・ミヒャン代表が名を連ねている。 
ユン・ミヒャン代表の夫とその妹が、北朝鮮のスパイ容疑で逮捕されていることは既知の事実である。前述のパンフレットの内容からもわかることだが、このように、ピースボートは訪問先の反日団体と深く結びついているのだ。シドニーでのイベントでの最後の締めのスピーチを行ったICAN大使のスコット・ラドラム氏は、左派の「緑の党」所属の豪州連邦上院議員だったが、昨年、二重国籍問題で辞任している。ラドラム氏は、「核廃絶条約をターンブル首相は拒んでいるが、労働党の首相なら条約に署名する。ぜひ労働党に投票してもらいたい」と参加者へ強烈な呼びかけを行い、結語としていた。これでは、平和運動に名を 借りた全くの倒閣政治運動である。

お墨付き与えたのは誰か
 ICANの核兵器廃絶の理念自体は、誰も反対できない崇高なものかもしれない。しかし、ICAN/ピースボートが各地を船で回りながら彼らの理念を伝播していく途上、地元の活動家と連携してイベントを行うときに、その主張は現実のローカルの政治的闘争と深く結びついていく。必然的に、イベントは一方に偏った極めて政治的な色彩を帯びることになる。シドニー日本総領事館前では、核兵器禁止条約に署名しない安倍政権とターンブル政権を非難する発言が相次いだ。ICAN/ピース ボートに賛同する被爆者の方々は、実際に心から核兵器廃絶を祈っているだろう。
 しかし真の問題解決は、特定の政治勢力による倒閣運動に堕したキャンペーンによっては実現しない。
5月8日に放送されたNHK神奈川のニュースによると、ピースボートは同日の午後に横浜港を出港する航海から、ノーベル委員会から授与されたメダルと賞状のレプリカを活動に活用することにしたという。ピースボートの川崎哲共同代表は、「メダルを手にして写真を撮るだけでもいいので、小さなことから運動が広がってほしい」と述べたという。ノーベル賞受賞の栄誉を最大限活用して、自分たちの活動の正当性をアピールしたいのだろう。  
今回の航海では、広島と長崎の被爆者が一人ずつ参加し、三カ月あまりにわたって22の国と地域を訪れる予定だという。また、同じようなことを繰り広げるのだろう。しかも今回は、ノーベル平和賞のメダルをかざしながら。




豪州のアンザック・デーに想う。日本よ健全な愛国心を取り戻せ!

今年のアンザック・デーを振り返り、2つの観点からAJCN事務局長が書いたものです。 豪州の国民的祝日であるアンザック・デーの行進に中国兵の子孫を名乗る人たちが加わるという、日本をターゲットにした中国のプロパガンダが行われています。この日は豪州市民が子供から老人までこぞって祝う影響が大きいイベントだけに将来を考えると日本政府としても対策が必要です。
この記事はアゴラに投稿され、「いいね」が250以上付けられ、多くの方々に読まれました。一時ベスト9位までランキングが上がりました。
http://agora-web.jp/archives/2032513.html


AJCN事務局長 江川純世


今年の4月25日のアンザック・デー、オーストラリア各市は晴れであった。大勢の市民が花輪の献花、パレード、慰霊セレモニーなどのイベントに参加した。
退役軍人のパレードをはじめとする式典が行われ、テレビ中継もされるオーストラリア最大のメモリアル・デーである。参加者、参観者は各市で万を数える。ANZACは、Australia and New Zealand Army Corps.(豪州NZ連合軍)の略称で、毎年4月25日、1914年に始まった第一次世界大戦における、トルコのガリポリの戦いで勇敢に戦ったオーストラリア・ニュージーランド軍団(ANZAC)の兵士たちを追悼する日である。
またこの日はイギリスの植民地という意識を払しょくし、独立した連合国の一員として初めて海外遠征したことを記憶し、国のアイデンティティを確立する重要な契機となった日でもある。(オーストラリア連邦成立から13年)
私の娘も小・中・高(ローカル校)で社会、歴史の時間に徹底的にこの記念日の意義について教えられた。図書館、本屋、郵便局、ニュース・エージェンシーにはアンザック関連の本があふれている。

キャンベラ豪州戦争記念碑での2018年Anzac Day(The Sydney Morning Herald)

アンザック・デーは第二次世界大戦後、ガリポリの戦いに参加した兵士だけでなく、第二次大戦や朝鮮戦争などオーストラリアとニュージーランドが関わった全ての戦没者慰霊のための記念日に変わってきている。第二次世界大戦中、日本軍によるオーストラリア本土(ダーウイン)爆撃を受け多数の戦死者を出した。捕虜の扱いについての怨み、戦争によって受けた悲しみを、敵国であった日本にぶつけてくる人もいて、ここに住む日系人にとって居心地の悪い一日であった。私も、住んでいた家のリビング・ルームの窓に卵を投げつけられたり、家の前に駐車していた車のテールランプが壊され、中に生卵を入れられ、それが放つ腐臭に閉口したこともあった。時が経過し、多くのオーストラリア人が日本を訪問し、日本への理解が進んでいる現在ではそんな目にあったという話はめったに聞かれなくなった。

アンザック・デーは元々、第一次世界大戦で豪州軍とニュージーランド軍連合部隊がボロ負けした戦いを記念する日である。イスタンブール占領作戦として始まったガリポリ上陸作戦は海軍の軍艦が次々と撃沈される中、各師団が上陸作戦を行った。ANZACの上陸作戦開始日は1915年4月25日、つまり今から103年前のことであった。この戦いで豪軍の戦死者は8,709人(連合軍総死者数33,512人)、多くの戦争未亡人を残し、結婚できない女性が急増した。 しかしこの戦いが負け戦であろうと恥と思う人はいない。人は自らの所属する地域、組織や国家のために戦うのだ。その為に命を落とした仲間のために100年以上経とうが一年に一回追悼しよう、そういう祝日なのだ。

翻って日本はどうであろうか。73年前に終結した第二次大戦で亡くなった212万人の日本軍人を祀った靖国神社を敗戦(終戦)記念日の8月15日に政府の要人、政治家たちは、英霊を侮辱して参拝にケチをつける隣国に忖度して慰霊に訪れない。こんな国は日本くらいのものだろう。日本もアンザックの精神に学んでほしい。

パースにおける2018年ANZAC Day慰霊セレモニーに集まった数千人の参加者。
(The Sydney Morning Herald)

しかし、アンザック・デーが終わった直後、オーストラリアのマルチカルチャラル・メディアのSBSがショッキングなニュースをレポートした。このニュースを読んで嫌な予感がしたのでご紹介する。

Chinese descendants of WWII veterans join Perth's Anzac Day march for the first time
https://www.sbs.com.au/news/chinese-descendants-of-wwii-veterans-join-perth-s-anzac-day-march-for-the-first-time

パースのアンザック・デーの退役軍人の行進に参加する中国系子孫たち(SBS)

中国系の市民が西オーストラリア州の州都であるパースで行われたアンザック・デーのイベントの一つの行進に、初めて、第二次大戦時に日本軍と戦った中国系退役軍人(ベテラン)の子孫が参加したというのだ。この中国系の退役軍人を父に持つ女性はSBSに、父親の第二次大戦における貢献を誇らしく思う、父は日本軍に対する中国軍の前線に参加したと述べている。行進への中国系市民の参加を可能にしたのは中国系のコミュニティから陳情された中国系の上院議員の働きかけもあった。中国語学校the Association of Great Chinaなども「彼らは第二次大戦の勝利に貢献大であり戦勝側の一員として認知されるべき」と同調したコメントを出している。この学校は当然パースの中国総領事館とつながりを持っている。

日本軍と戦ったという父親Lie Yuの写真を持つMary (右)と彼女の母 Shu Qin Lu (左)(SBS)

少し歴史の知識があれば上記の主張に重大な嘘が含まれていることに気づくであろう。
1.中国が中華人民共和国として成立したのは1949年である。日本が敗戦したのは1945年なので日本軍は中国正規軍と戦っていない。第二次大戦中日本軍が戦っていたのは蒋介石率いる国民党軍で、共産党ゲリラは逃げ回って正式な日本軍との戦闘作戦は行っていない。一方中華民国における国民党による政府発足は1925年。国民政府は1948年に改組され中華民国総統府となり現在まで中華民国政府(台湾)と称している。
記事中の動画には毛沢東の写真も出てくるので、ここでいう中国軍とは共産党軍のことであろう。
2.中国系オーストラリア人が豪軍に参加して、日本軍と戦ったとしても彼らはオーストラリア人として戦ったのであり、中国軍の前線で戦ったわけではない。SBSの記事はこのあたりを故意にぼかしている。

すでに中国系ベテランの子孫の行進参加は2015年シドニー、2016年メルボルンで行われている。オーストラリア人にとって最も影響力のある、子供から老人まで参加するイベントで、日本、豪州の分断を目的とするプロパガンダ活動を堂々と中国系市民が組織的に各市で行っていることを日本政府は看過すべきではない。これはオーストラリアで中国共産党が展開しているSilent Invasion(静かなる侵略)の日本貶め戦術の一つと見ることができる。

アンザック・デーのオーストラリアにおける影響力の大きさに中国共産党は着目し、アンザックに関係のない中国の関与を持ち出し、第二次大戦での日本を悪者化してそれをオーストラリア人に刷り込んでいる。オーストラリア国民は他国の歴史に疎いためこれを無毒化しなければ日本にとって大きなマイナスになるであろう。

日本のカウンターとして海上自衛隊のアンザック・デーでの行進(マーチ)への参加と第一次大戦での日豪の協力を強力に広報することを提案する。
(ダーウインで日豪合同の慰霊セレモニーの実績があるのでその延長。)

ガリポリに上陸したANZAC軍は、1914年11月に西オーストラリアからエジプトに向けて出発した。この輸送船団の護衛に、同盟国イギリスから支援を要請された日本海軍の巡洋艦「伊吹」が参加している。更に日本海軍は駆逐艦隊を地中海にも派遣した。
そして、最大時17隻の駆逐艦を送ってアフリカからヨーロッパへ連合軍兵士の輸送船団の護衛をし、ドイツ、オーストリア海軍のUボートと戦かった。
日本海軍の捨て身の護衛は大変な信頼を得て、日本軍の護衛無しでは出港しないという船長もいたほどであったという。一連の戦いで78名の方が亡くなり、マルタ島のバレッタの港を望む小高い丘にある「英国軍墓地」の一角にある旧日本海軍戦没者墓地に埋葬されている。清掃の行き届いた白い慰霊塔には66人の方の名前が刻まれている。
一方、軍として参戦しなかった陸軍は迫撃砲16門と砲弾をイギリス軍に提供している。その一部がANZAC軍にも渡り、ガリポリで使われた。そしてこの迫撃砲の使用方法を指導するため、日本陸軍の義勇兵も派遣されたそうである。
当時のオーストラリアには兵器を製造できるだけの工業力がなく、多くを輸入に頼っていたからである。この迫撃砲は Japanese Trench Motor として、当時の写真と共にキャンベラの戦争博物館に展示されている。これらのことをほとんどのオーストラリア人は知らない。日本政府は広報活動を強化して中国のプロパガンダに対抗すべきだ。