今回のAJCNコラムでは11月にオンライン言論サイトiRONNAに寄稿した山岡代表の記事の短縮版を転載します。AJCNはサンフランシスコ市における慰安婦像設置、韓国国会での慰安婦被害者記念日制定決議など日韓合意の実質的な一方的破棄の事態にどう対処すべきかの具体的提言を行っています。オリジナルバージョンはこちら。
http://ironna.jp/article/8262
訪韓した米国のトランプ大統領を歓迎する晩餐(ばんさん)会の最中、元慰安婦を称する女性がトランプ氏に抱き着いたことが記憶に新しい。多くの日本人は心底あきれ、苦々しく思ったことだろう。ただ、西洋社会で長く暮らした人なら分かることだが、トランプ氏は元慰安婦を「ハグ」などしていない。失礼にならない程度に受けただけで、むしろ右手で元慰安婦の腕を押さえて距離を取っている。あれはハグとは言わない。
ところで、韓国の「ゲスな演出」に憤るのは無理もないが、もっと大事なことがある。それは、日本政府が慰安婦問題に関して、トランプ氏にあらかじめどのようなブリーフィングをしたか、ということだ。というのも、韓国が訪日後にやってくるトランプ氏へ何か仕掛けるであろうことは十分予想できたからだ。
2014年4月、ソウルの青瓦台で握手するオバマ米大統領(左)と韓国の朴槿恵大統領(聯合ニュース)
覚えている方も多いだろうが、2014年4月にやはり日本の後に韓国を訪れたオバマ前大統領が、共同記者会見で突然、「慰安婦問題は重大な人権侵害で、戦時中であったことを考慮してもショッキングだ」と発言した。これは当時の朴槿恵政権が仕掛けた演出である。この時も多くの日本人が憤慨した。同年4月26日の産経ニュースによれば、オバマ氏は「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」とも述べたという。
オバマ氏からこのような発言が飛び出すということは、日本政府はオバマ氏が次に訪韓することを知りながら、慰安婦問題について明確な説明をしなかったことを意味する。オバマ氏の失敗に学んでいれば、今回はトランプ氏に十分なブリーフィングを行ったはずだが、どうであっただろうか。
仮に、ブリーフィングを行っていたと想定しても、問題はその中身である。わざわざ日本の立場を弱くするような説明をしていなければいいと思うが、筆者が心配するのには根拠がある。最近、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に慰安婦関連資料が登録されようとしているのを、日本の官民の努力で先送りにしたことは記憶に新しい。しかし、国連には「人種差別撤廃委員会」「女性差別撤廃委員会」「拷問禁止委員会」「奴隷廃止委員会」など、さまざまな条約委員会があり、その全てで慰安婦問題が日本の人権侵害の例として取り上げられ、日本政府は苦しい答弁を強いられてきた。そして10月末、下記の記事を見かけた。
政府、慰安婦問題は「解決済み」
国連委に検証も困難と回答
2017/10/31 15:31
©一般社団法人共同通信社
【ジュネーブ共同】旧日本軍の従軍慰安婦問題を巡り、日本に適切な補償などの包括的解決を求めた国連人種差別撤廃委員会の勧告に対し、日本政府が昨年12月に「補償に関してはサンフランシスコ平和条約などにより解決済み」と回答していたことが10月31日、分かった。委員会が回答を公表した。
委員会は責任者を裁判にかけるようにも勧告したが、日本政府は「今からの具体的な検証は極めて困難」で、責任者追及も考えていないと指摘。一方で、慰安婦問題の解決に関する2015年の日韓合意に言及し「高齢の元慰安婦のためにも日韓両政府で協力し合意を実施していく」と強調した
これだけ読むと、日本政府は旧来のパターンを繰り返しているように見える。つまり、「日本はもう謝罪して補償しました。解決済みの案件です」と許しを請うパターンだ。まして、「高齢の元慰安婦のためにも…」などといえば、「悪いことをしたのは本当です。でも、もう謝って弁償しました。もっと努力致します」と言っているのに等しい。16年2月16日の国連女性差別撤廃委員会における杉山晋輔外務審議官(当時)の発言によりこのパターンを脱したはずだったが、またもや逆戻りしてしまったのか。
日本政府の説明に完全に欠けているものは何か。それは、「そもそも慰安婦制度とは何だったのか?」という明確な定義である。慰安婦問題が国際問題化した際、政府はアメリカの公文書館にまで行ってかなり詳細に調べた。その結果、強制連行などの根拠は全く出てこなかった。すると、韓国政府から、「強制と認めてくれればこの話は蒸し返さない」と持ちかけられ、愚かにも河野談話を発表した。よく読むと組織的な強制連行があったとは読めないのだが、一読すると強制であったような、曖昧な談話を政治的な判断で作ったのだ。すると韓国側は手のひらを反して、「日本政府が強制を認めた。河野談話が証拠だ」と騒ぎ出して今日に至る。騙されたのだが、騙されたとはっきり言うガッツも日本の政治家にはない。
海外暮らしが長い筆者が、日本政府の立場に立ったなら、まずは一次資料に基づき、日本政府が認識する「慰安婦制度の実態と問題点の定義」を述べ、それを軸に議論を展開する。つまり、立論から始めるのである。それをせずに「償った」とばかり繰り返しても、ごまかしているように聞こえてしまう。これが、前述のオバマ氏の「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」という発言につながるわけだ。謝って許しを請うばかりで、説明になっていない。このありさまでは、やはりトランプ氏にも明確な説明がなされていないと推測すべきだろうか。
2017年8月、韓国・ソウル市内を運行したプラスチック製の慰安婦像を乗せた路線バス(産経新聞)
90年代ならともかく、現在までには研究もかなり進み、慰安婦制度とは何だったかがかなり正確に分かってきた。一次資料に基づいて、「慰安婦制度とは何だったのか。強制連行は行われず、慰安婦は性奴隷ではなかった」ことを明確に説明することは困難ではない。日本政府は明確で簡潔な「定義=立論」を作成し、それを一貫して使い続けるべきだ。それには、例えばソウル大学の李栄薫(イ・ヨンフン)教授の研究などが参考になるだろう。
慰安婦制度の定義(例)
「慰安婦制度とは、日本国内で施行され、日本統治下の朝鮮半島と台湾でも施行された公娼(こうしょう)制度の軍隊への適用である。目的は兵士による性犯罪や性病の蔓延(まんえん)の阻止、スパイ行為の防止などである。当時も軍が売春制度を管理することには躊躇(ちゅうちょ)があったが、性犯罪防止を優先した。慰安婦制度の導入と同時に、戦場における兵士の性犯罪を刑事犯罪として立件できるようにした。厳格な法律の下に運用されていたので、だまして売春をさせたり、強制的に連行したりすることは明確な法律違反であった。慰安婦は契約期間が終了すれば廃業して帰国できた」
慰安婦制度の問題点
「兵士による性犯罪を防止するのが主目的であったが、それでも戦争犯罪と呼べるケースは発生した。代表的なものがインドネシアで発生したスマラン事件であるが、管轄する日本軍将校によって取り締まられ、首謀者は戦後の戦犯裁判で処刑された。また、女性の募集は現地の業者によって行われたが、特に朝鮮半島で朝鮮人業者による暴力を含む犯罪行為でだまされたり強制的に連れ去られたりしたケースがあった。日本の警察が取り締まったケースが数多く報告されているが、取り締まりきれなかった可能性がある」
日本政府はなぜ謝罪し、賠償してきたのか?
「当時の慰安婦制度は合法であり、軍隊による一般女性の組織的強制連行などは行われていない。慰安婦強制連行説は吉田清治という詐欺師の嘘を朝日新聞が検証せずにばらまいた虚偽である。朝日新聞は2014年に誤報を認めて記事を撤回している。しかし、当時は貧しさから家族に売られたり、悪質な業者にだまされたりするケースが多かったことは事実であるから、そのような女性たちの境遇に心から同情を示すものである」
もちろん、これは一例であり、詳しく書こうと思えば、いくらでも長く書ける。しかし、ここでのポイントは、誰でもすぐに覚えられるように、簡潔な定義をしておくことである。そして、その定義を一貫して矛盾なく使い続けることが肝要だ。慰安婦を「売春婦」と切り捨てるような発言は控えるべきだ。
あのトランプ氏に抱き着いた元慰安婦も、証言が頻繁に変わることで知られるが、哀れな存在であることに変わりはない。あのような女性の背後には、満足な教育も受けられないままに親に売られてしまった女性たちが数多く存在した。最初に名乗り出た元慰安婦とされる金学順氏も親にキーセンに売られた。日本政府に法的責任はなくとも、同情するから何度も謝罪し、お金を払ってきたと説明すべきだ。
筆者は一貫して「反論よりも立論が大事」と主張している。立論がないままに反論や説明を試みても、有効な議論はできない。明確な立論は、それ自体が有効な反論になり得るのである。日本政府は「誠意をみせて丸く収めよう」とするあまり、何度も謝罪したり金を払ったりしては「罪を認めた犯罪者」呼ばわりされる愚を犯している。察するに、かつて保守系知識人が米紙に出した意見広告が反発を買ったことがトラウマ(心的外傷)になっているのかもしれない。
センセーショナルな物言いをする必要はまったくない。あくまでも淡々と一次資料に基づく立論を行うのだ。今年8月に、筆者は米ジョージア州の州議会議員2人に資料を見せながら「慰安婦制度とは何か」を説明する機会を得た。二人ともひどく驚いた様子で、「日本政府は強制連行や性奴隷を否定する証拠を持ちながら謝罪しているのか?」と聞いてきたのが印象的だった。
「抱き着き慰安婦」に立腹するのはよい。無理やり「独島エビ」を晩餐会メニューに含める極左親北の韓国政府に何を言っても無駄だろう。しかし、大切なことは、トランプ氏をはじめ、第三国のキーパーソンに誤解が生じないように「慰安婦制度とは何だったのか?」を明確な立論を持ってしっかりと説明することである。
2017年11月7日韓国大統領府で開かれた夕食会でトランプ大統領に抱きつく元慰安婦、李容洙(イ・ヨンス)さん(東亜日報)
国の名誉を守るのに、反発を恐れてはいけない。恐れるのなら、その分隙のない立論を作ればよいのだ。謝ってばかりでは、犯罪者認定されてしまうのがオチである。「罪を認めるなら責任を取れ、もっと賠償しろ」と言われ続けるのが国際社会の常識だ。今となっては、なぜ謝ったのかも明確に説明しなくてはならない。ゆめゆめトランプ氏に「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」と言わせてしまってはならない。