AJCN代表 江川純世
くしくもクライブ・ハミルトン教授のSilent Invasion日本語版が5月末に発刊された直後から、中国と米国、英国、日本などの自由主義国、中国と国境問題を抱えるインドの関係は緊張の度合いを増している。昨年からの米中の貿易戦争という背景に加え、今年に入って武漢ウイルスのパンデミックが世界を襲い、中国のウイルス情報の隠ぺいとマスク外交、戦狼外交(趙立堅報道官に代表されるストロングスタイルで周辺国すべてを敵にするスタイル)が各国の政府を怒らせ、中国に対する警戒感が噴出している。豪州は4月中旬に中立的、独立したウイルスの起源に関する調査を世界に呼びかけた。ごくごくフェアーな要請であったが中国政府の怒りを買い、牛肉の一部輸入停止とビールや豚の飼料に使用され、800万トン以上生産されている大麦の中国向け輸出(生産量の半分以上)に対する80%という大幅な関税引き上げという報復を受けている。米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表は6月17日、下院歳入委員会で行った証言で、米中経済の分断は現実的な選択肢ではないとの認識を示したが、これを受けてトランプ大統領は翌18日にツイッターに「ライトハイザー代表の間違いではない。米国はさまざまな状況で、中国との完全なデカップリング(分断)という政策上の選択肢を当然維持している」と書き込み、中国との関係を絶つことも辞さない構えをあらためて示した。
6月に入ると豪中政府間の応酬は一層激しくなり、中国は、中国人学生や観光客に「人種差別主義」の国への旅行をしないよう促し、豪州政府はそのような中国人に対する差別は事実ではないと切り返した。
1.中国政府と米国をはじめとする自由主義諸国との深まる亀裂;「香港国家安全維持法」の成立、施行
香港は1997年にイギリスから中国に返還されたが、その際に香港の憲法ともいえる「行政区基本法」と「一国二香港特別制度」という独自のシステムが取り入れられた。(50年間制度維持の約束)「香港国家安全維持法」は中国の全国人民代表大会常務委員会で6月30日に全会一致で可決され、香港政府が同日に施行した。そして、それらは東シナ海や南シナ海、台湾、そして中印国境をめぐる争いにも影響を及ぼし始めている。
スイス、ジュネーブで6月30日、第44回国連人権理事会が開催され、中国の国家安全維持法に関する審議が行われた。国家安全維持法に反対したのは、日本をはじめ、オーストラリアなど27か国。(米国はトランプ政権になって同理事会を脱退している)賛成に回ったのは中国をはじめ、中近東、アフリカ諸国を中心にした53か国であった。ロシア、韓国など残る国は中国に忖度して中立の姿勢を示した。53ヶ国が中国支持に回った理由は、一つには中国と同じように独裁的もしくは権威主義的で、イスラム過激派のような反政府勢力の問題を抱えている国々であること、次により現実的な理由、「一帯一路」による中国からの莫大な資金援助である。イギリスのドミニク・ラーブ外相は、中国が香港の引き渡しにおける約束を破ったと述べ、英政府はビザ規則に変更を加え、数百万人の香港人に対し、英国市民権を取得する機会を提供する計画を「全面的に」実行する意向だと付け加えた。国家安全維持法によって中国政府を批判する言動はすべてその対象となり、最高刑は無期懲役を科される。この対象には「世界、世界の人々」も含まれるので、理論的にはトランプ大統領も無期懲役で逮捕できる。「他国の主権を認めない」わけで、中国は他国の主権を侵害すると法律に明記したことになり、「全世界は中国の法律のもとに動け」と宣言したも同然である。また規定が曖昧なため解釈は当局の恣意に任されるため、中国人民の弾圧に法的根拠を与えるものと危惧されている。
7月1日から豪政府はオーストラリア⼈が中国本⼟に⾏くと「恣意的な拘禁」に直⾯する可能性があることを警告する新しい旅⾏アドバイスを発⾏したが、この法律が伏線になっている。
2.「外国干渉防止法」初めての適用
2018年6月28日、豪議会は外国のスパイ活動や内政干渉の阻止を目的とした更新された反スパイ法と外国干渉防止法を可決した。
6月26日早朝、豪保安機関ASIOと連邦警察(AFP)は、NSW州議会議員、野党労働党のShaorett Moselmane(シャオレット・モスルメイン)氏の事務所と自宅を家宅捜索した。
モスルメイン氏はレバノン系で労働党員として11年州議を勤めている。あまり目立たなかったが中国への傾斜は激しく、ASIOによれば過去15回、毎年のように中国を訪問、そのうち9回が中国側の費用もちであったとのことである。今回の調査においてモスルメイン氏が違法行為の罪に問われているわけではないが、「外国干渉防止法」による初めての監視活動の発動である。ASIOのターゲットはパートタイム・スタッフの中国系John Zhang氏といわれており、彼は2013年に北京で中国共産党国務院外務部主催のプロパガンダ教育を修了している。モスルメイン氏は今年2月にコロナウイルスに対する中国の対策を称賛、豪メディアの中国非難は時代遅れの白豪主義などと中国の華東師範大学に投稿した記事が非難を浴びていた。今回のモスルメイン氏の調査は見せしめであり、パンダ・ハガー狩りの始まりとみられている。
■FBI長官が語る 中国「諜報活動」の実態
アメリカのレイFBI長官が 7月8日、国内に浸透する「諜報活動」への対応について講演した。約5,000件のうち、半数近くが中国関連だという。 アメリカ国内で懸念されるという中国のFox Hunting “キツネ狩り”にも注意を呼びかけた。 習近平国家主席の指示だという“キツネ狩り”。一体、どのようなものなのか? 下のYouTubeをご覧いただければわかるが、キツネとは海外にいる中国人学生、研究者ほか海外の機密情報にアクセスできる人材のことであり、中国政府にとって活用可能な潜在的スパイ候補者である。彼らを報酬ばかりでなく中国にいる親類・縁者を人質にとった脅迫まがいの命令によってコントロールすることをFox Huntingという。
豪州は外国からの干渉工作を犯罪とみなす法律を作り、さらにインテリジェンス機関と連邦警察が協力して取り締まる特命チームを編成して戦う姿勢を整えた。次のターゲットと目される候補達はきっと冷や汗をかいているに違いない。翻って日本では6月25日、防衛省が⽇⽶両国による「⾃由で開かれたインド太平洋」構想を推進するため、7⽉にも専⾨部署を新設して態勢を強化すると報道された。防衛分野の国際交流を担当する国際政策課を実質的 な2課態勢に改編し、課⻑級職員を新たに置き、インド太平洋構想に関する業務に特化させるというもので、「⼀帯⼀路」を掲げる中国に対抗する狙いは明らかである。外務省とは別の安全保障、具体的には中国包囲の構築のための他国との折衝部門がやっとできた形で、スパイ防止法とそれを実行する体制確立が望まれる。
3.固まった豪州の対中姿勢
中国の数々の嫌がらせに対し、6月11日、スコット・モリソン首相は中国には屈しないと公式発言した。豪州政府は雇用の20%を貿易に依存する体質を変えるため輸出先の多様化に向け舵を切った。輸出総額における中国向けは30.6%(2018年IMF データ)、ちなみに日本向けは12.7%と2位である。豪州は第1次、第2次産業からサービス産業への転換を進めており、他の多くの国よりも貿易依存度は存外低い。インドなど中国に代わる大口の代替え市場を見つける努力が続けられている。豪政府は7月1日に今後10年間で270B豪ドル(約20兆円)を国軍の強化のために投じると発表した。これは従来計画の1.4倍に相当し、対中国の軍備増強と明言しており、臨戦態勢に向け準備に入ったことを示している。公共放送のABCは豪の軍拡を報道する記事の最後に「新しく不確かな時代に、オーストラリアは戦いを選ぶ必要がある。」と書いている。
■米中の南シナ海での軍事演習の実態
米軍が乗組員のコロナ感染への対応を終えたばかりの原子力空母3隻を太平洋地域に同時展開し、台湾周辺や南シナ海で活発に活動する中国軍をけん制する動きを強めている。太平洋への空母3隻派遣は北朝鮮情勢が緊迫した17年11月以来で「極めて異例の態勢」だと指摘されている。横須賀基地配備の原子力空母ロナルド・レーガンとセオドア・ルーズベルトはフィリピン周辺で、ニミッツは太平洋東部で活動中である。アメリカ海軍は、南シナ海でロナルド・レーガンとセオドア・ルーズベルトがここ数年で最⼤規模の軍事演習を⾏っていることを明らかにした。南シナ海では、主権を主張する中国も、今⽉7月5⽇までの予定で軍事演習 を⾏っているが大陸の半島と海南島の間で形ばかりの演習をこそこそと行っている。アメリカの演習には豪海軍、日本の海上自衛隊も参加した。
7月13日、ポンペオ国務長官が「南シナ海の大部分に及ぶ中国の海洋権益に関する主張は完全に違法だ」と声明を出し、7月23日中国を敵国と名指しした歴史的演説を行った。これに呼応し豪州政府は、23日付けで、国連に書簡を送り中国の主張を否定してアメリカに同調する姿勢を示した。7月28日ワシントンで開かれた米豪外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)の共同声明で、香港や新疆ウイグル自治区などでの中国の強権的な行動に「深刻な懸念」を表明、南シナ海での中国の海洋権益の主張は「国際法の下では無効」と述べた。米英豪日印はインド洋、南シナ海、東シナ海での中国共産党の覇権主義的行動を抑え込む包囲網を構築しつつあり、南シナ海または台湾をめぐって軍事衝突の可能性が語られ始めている。