ダイヤモンド・プリンセスの船中は戦場であった


Cheers 2020年4月号記事

― 今の戦いの経験が将来の人類の敵、新しいウイルスとの戦いの武器となるー


世界は中国武漢から発生した新型ウイルスとの戦いの真最中である。「正体不明」が人を種々のパニックに走らせているが、蓄積されている医療関係者の知見、様々な治療薬の効果確認、疫学データ(感染者と感染経路の確認)により、ウイルスの塩基配列、亜種の確認、感染力、死亡率などが明らかになりつつある。
各国の対策の効果は、後日分析され、評価の対象になるであろう。今月号では、閉鎖空間のクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号(以下「クルーズ船」)における日本とウイルスとの戦いを、戦争になぞらえてみる。米国のメディアに「感染の温床」と批判された日本の検疫保留措置は、見えない敵との圧倒的に不利な環境下での局地戦争そのものであった。もともと難易度の高い船舶内ウイルス感染と戦ったのは、船舶知識に乏しい感染症専門家達と「素人集団」厚労省の官僚であった。そして今、サンフランシスコ沖に留まっているクルーズ船、グランド・プリンセス号でのアメリカ政府/CDC(アメリカ疾病管理予防センター)とウイルスの第2ラウンドのゴングが鳴らされた。「クルーズ船」内での戦いの前例もあり、安全保障意識も高い専門家集団であるCDCの戦いに注目したい。

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写真:NHK

まず非常時の危機管理、緊急対策を成功させるには強い危機感が必要となるが、日本政府の新型ウイルスに対する危機感は当初驚くほど低かった。それこそ「ギャンブル」と言われるほど「そんなに広がらない」と楽観的に構えていた節がある。今回のクルーズ船対策を戦争に見立てると、この局地戦は下記のように概括できる。


1. 戦争開始の判断 
国際法の「旗国主義」によれば公海上の船舶は所属国(今回のケースではイギリス)が取締まるという考え方がある。「クルーズ船」には3,711人の乗客、乗員が乗っており、その約半数が日本人ということもあり、日本政府が人道的に引き受けたと理解されている。まずこの引き受け判断についての議論がある。日本政府は、2月1日に香港を出港し感染者が乗船している疑いがあったウエステルダム号(日本人5人を含む)の寄港を拒否している。
開戦を覚悟するには勝つための戦略と戦術/オペレーションの実施計画と作業手順の共有が必要である。また検疫のための専門家と検疫機材の確保、ロジクティックスの準備(下船者の移動手段、隔離施設、治療機関など)を並行して行わなければならない。これらの準備なしに戦争に突入するのは場当たり的ギャンブルであり、日本へのウイルス上陸阻止を最優先で考えるなら、イギリスに任せるのも一法であった。受け入れるなら関係各国、機関と談合して、乗船者引き取り含め日本の方針に従うよう段取りを決めておくべきであった。


2. リーダーシップ
戦いの遂行には縦の指揮命令系統を明確にし、関連する組織、機関との横の連携を統制することが必要となる。戦争の現場は錯誤と情報の混乱の連続である。そのため現状認識に影響する情報の訂正と作戦の変更・改善は頻繁に行われるため、その命令は適宜単純明快に伝達されねばならない。「クルーズ船」の事案の統括責任者は誰であったのか?記者会見を行ったのは主に厚労省の加藤大臣であったが、一貫した方針の広報がなされた記憶はない。


3. 戦争目的
本来の目的は(1)国内へウイルスを入れない、(2)船内での感染者を増やさない、死者ゼロ(3)乗客の安全かつ早期の帰宅・帰国を支援するという三つであったはずであるが、これらを完璧に実現するゼロ・リスクの方策は存在しない。日本政府は2月20日、80代の日本人男女2名の死亡報告を受け、アウトブレークによる患者の一極集中の恐ろしさを知り衝撃を受けた。当初の目的はウイルスの日本上陸阻止と乗船者の死亡ゼロであったが、感染拡大を知り、海外からの人道的配慮要請の声が高まるにつれ、船内の感染拡大防止、感染者救助に目的を転換した。


4. 戦略
当初隔離政策が基本であったが、転換後検疫で介入、感染重症者下船、最終的には全員下船させた。(3月1日下船完了)


5. オペレーション、検疫の状況

橋本岳厚生労働副大臣が投稿したクルーズ船内部の写真。左側に黒字で「清潔ルート」、右側に赤字で「不潔ルート」と表示。あちこちに隙間があり、隔離は不完全のように見える。手前(写真撮影者位置)が清潔/不潔のクロス・ゾーンになっている。

「クルーズ船」は、1月20日、横浜港を出発し、2月3日に横浜港に帰港した。この航行中1月25日に香港で下船した乗客が発熱し、2月1日に新型コロナウイルス陽性であることが確認された。そのため、日本政府は「クルーズ船」に対し、横浜港での乗員乗客の下船を許可しなかった。2月3日から2日間、検疫官が全乗員乗客の健康診断を行い、症状のある人およびその濃厚接触者の検査の結果、2月5日に陽性者が確認されたことから、同日から14日間の検疫が開始された。(19日まで)この時点でクルーズ船には、乗客2,666人、乗員1,045人、計3,711人が乗船していた。陽性者は下船し、国内の病院で治療、隔離された。陽性者の同室者は「濃厚接触者」として検査され、陽性であった場合は同様に下船し 病院に入院し、陰性であった場合は、陽性患者との最終接触日から14日間船内での隔離となった。2月18日の時点で、65名の乗員と466名の乗客を含む、531名が陽性確定数であった。データから2月5日に検疫が開始される前にウイルスの実質的な伝播が起こっていたことが分かっている。クルーズ船の船長は感染情報を知っているにも関わらずダンスパーティー他の船内イベントを中止せず、感染拡大を招いた。特記すべきは、クルーズ船の性質上、全ての乗員乗客を個別に隔離することが不可能であったことである。乗員はクルーズ船の機能やサービスを維持するため任務の継続が必要とされたが、濃厚接触している乗務員の役割を生物兵器対策部隊を持つ自衛隊員で肩代わりしたり、民間船を徴用し病院船として隔離施設に使う対策案もあったが具体化しなかった。


6. 戦闘教義
最後に自軍の得意技である戦闘教義について触れる。作戦遂行において自軍が慣れ、相対的に強いことが証明されている必殺技が使われる。今回の戦いにおいて日本の強みとは何であろうか。それは

1) 日本人の政府が決めた方針を受け入れ、実行する精神風土。
2) 手洗いなどを励行する衛生観念と充実した医療体制。

医療体制についてはPCR 検査体制の拡充と簡易検査キットの配備等課題もあるが、批判に応え改善していくことは間違いない。高い市民の民度が日本の風土と底力を形成している。それはジョン・ホプキンスのウイルス拡散状況を示すデータでも示されている。精確な相対比較は意味ないが、各国の感染者数、死者数、回復者数の推移からその国の状況が見て取れる。中国を筆頭に日本の確認感染数は9位502(死亡6)、オーストラリアは21位76(死亡4)となっている。(3月9日、データは時々刻々更新)
https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6
ウイルスとの戦いは続くが、死者数が戦いの結果を決定づける。1818~19年にかけて猛威を振るったスペイン風邪の犠牲者は日本で45万人/人口5,500万人、オーストラリアで1万5千人/人口500万人であった。この時の休校、イベント中止等の集団隔離策が効果大であったことがデータから実証されている。




世界を震撼させている新型コロナウイルスによる武漢肺炎、豪州の対応は?


Cheers 2020年3月号記事

AJCN 事務局長兼代表 江川純世


新型コロナウイルスによる武漢肺炎の発生・拡大を知り、まず思い出したのが1995年に見たダスティン・ホフマン主演の映画「アウトブレーク」であった。この映画で得たウイルス感染に関する基礎知識が、今回武漢肺炎拡大について調べるモティベーションとなった。私は過去中国大陸を仕事と個人旅行で20回数回訪問した。訪問地は今回の冠状肺炎の発生地である武漢も含まれる。その時得た知見も加え、中国大陸で急速に拡散を続けるこの感染症についてレポートする。


1. 武漢とは
中国全図を四つ折りにすると、真ん中に来るのが内陸の大都市、武漢である。揚子江が東西に横切り、下流には上海、上流には工業都市重慶がある。北方の北京と、南の広東省や香港を結ぶ中間点でもある。 武漢市には東京並みの1100万人が住む。最近は高速鉄道で全国各地と結ばれ、自動車製造などの工業の他、国策で世界最先端の光/半導体産業の中核都市にしようとする動きもあった。春節の休暇前には、4日間で1万7千人近い観光客らが武漢空港から日本に押し寄せた。ちなみに中国人の訪日観光客の数は1月2日から2月1日までで34万人であった。



2. 武漢肺炎発生・拡大の経緯、中国の地方と中央政府の隠蔽、初動の遅れが拡散に拍車
COVID-19と命名されたウイルスの正体はわかっていない。これが人々を恐怖させる最大の理由である。また人→人感染することは同じだが、インフルエンザと違い、無症状感染者にも感染力があることがわかっている。一旦陰性と判断されても後で陽性になる症例もある。潜伏期間は平均5日、14日までと見られており、感染形態は接触、飛沫、エアロゾル感染と言われ、致死率は約2%でインフルエンザの約10倍、SARSより大幅に低いとされている。しかし免疫力の弱い高齢者や既往症を持った人が感染すると重症化する。
時々刻々と変化する拡散の状況は医学界で名の通った米ジョンズ・ホプキンス大学の情報サイトで見ることができる。下はこの記事を書いている2020年2月8日午後1時43分現在のデータである。
https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6
日本は中国に次いで2位となっている。7日から日本政府はクルーズ船内の感染者数を別枠としてカウントし、汚染国との印象を弱めている。豪州では15人の感染が確認されている。中国では検査を受けられない人も多く、実際の数字は一桁多く見るのが妥当と言われている。


発生源は当初武漢市の海鮮市場とされていたが、多くの市場訪問者が感染し、拡散したことは確かだが、感染源かどうかについては疑問視されている。
そして今 陰謀論との批判があるが、武漢にある2か所の国立バイオロジー研究機関からの流出の可能性が論じられている。2018年から運用開始した毒性の強いウイルスの研究機関で、最高レベルの安全管理基準BSL-4に準拠した施設だ。この研究所についてウイルス漏洩の警告が2017年に学者からなされている。最近では1月28日、アメリカ司法省広報室WEBサイトがハーバード大学(武漢理工大学でも勤務)の教授が中国スパイとしてウイルスの密輸で逮捕された記事を掲載、また米ブログのゼロ・ヘッジは武漢ウイルス研究所でコロナウイルスに改変を加える研究を行っていた中国人科学者を特定、その論文を公開した。注目されるのは遺伝的に改変されたコロナウイルスには自然免疫の経路に耐性がないため、世界中の誰にでも感染するというもので、今回の強い感染力を持つ新型ウイルスの姿そのものである。

SNSやメディア上にこの肺炎の情報が上がり始めたのは12月からである。中国国内で何が起こっていたのか、その経緯をここでは書かないが、初期は武漢市と湖北省による隠蔽と、新型コロナウイルス発見の情報を無視し、20日ほど北京政府が事態を放置、初動対策せずこれが蔓延につながったと言われている。ターニングポイントとなった1月20日、習近平主席が「重要指示」をやっと発布、それを境に中国内はパニックに突入した。


3. 中国からの訪問者を入国拒否する国続々、感染症対策の原則は「隔離」
1) 中国に遠慮したWHOの動きにとらわれることなくこの原則に従い素早く対応したのは北朝鮮と米国であった。隔離対象は中国そのものである。
アメリカは早いタイミングで「非常事態宣言」を出し、厳格な予防策をとった。昨年10月にニューヨークで行われたコロナウイルスのパンデミック想定シュミレーション(イベント201)の結果に基づき政府が対策マニュアルをまとめ、それに従って米国独自の隔離政策を取っていると言われている。このマニュアルは安全保障に関する情報共有グループ、Five Eyesにも回覧され、豪州含む4か国の対策は米国とほぼ同一レベルになっている。
 
2) 豪州の取り組み
モリソン首相は、2月1日最高警報レベル4を宣言した。
中国への旅行をしないよう勧告。この制限は、中国のあらゆる場所に適用される。
豪州市民または永住者の場合、彼らの身近な家族(配偶者、扶養されている子供、または法的保護者)を含め、豪州に到着した後すぐに出発地に戻らない場合、クリスマス島の検疫センターで2週間滞在させ強制検疫を受けさせる。現在希望者(湖北省には600人以上の豪州人が居住)をチャーター便で順次帰国させている。中国在外国人については中国を出国してから14日間は豪州への入国を拒否。
これらの制限は中国本土にのみ適用される。(香港とマカオは規制の対象地域から除外)
The detention centre on Christmas Island.
The detention centre on Christmas Island. AAP

3) 日本の対応 
アジアの国々が次々と厳格な予防策へと移行する中、日本は「湖北省に日本到着前14日以内に滞在した外国人と、湖北省発行の中国旅券所持者の入国を2月1日から当面禁止する」に踏み留まっている。中国の個人旅行客は続々と日本に入国しており隔離政策の大穴になっているためもっと厳格な措置を講じるべきとの批判が多い。


4. 豪州、シドニーで何が起こっているか
豪メディアを読むと都市のDeserted(砂漠化)という言葉がよく出てくる。
それは筆者が撮った写真を見れば一目瞭然である。これは2月1日のランチタイムのタウンホール付近である。普通であれば観光客や市民で混雑しているが、閑散として人影は見えない。
C:\Users\Owner\Documents\慰安婦像問題\Cheers 関連\Cheers2020年3月号記事materials\土曜昼近くのタウンホール 2020年2月1日.jpg

こちらは中華系住民が40%を占めるEastwoodの街並みである。店は閉まり、歩く人もまばら。(2月1日Dairy Telegraph記事)


下は私がよく使うHornsbyの中華系スーパーであるが、客も少なく、客とスタッフがマスクをしている。(筆者撮影)
C:\Users\Owner\Documents\慰安婦像問題\Cheers 関連\Cheers2020年3月号記事materials\EDIT マスクをして作業すルレジ係 Hornsbyの中華系スーパーで2 2020年1月30日.png C:\Users\Owner\Documents\慰安婦像問題\Cheers 関連\Cheers2020年3月号記事materials\客も従業員もマスク Hornsbyの中華系スーパーで 2020年1月30日.jpg

モリソン首相は、ブッシュファイアに続き武漢肺炎のパニックが豪州にもたらす経済的悪影響は甚大になろうが、まだその規模は計り知れないとの声明を出した。すでに観光/旅行業、水産業、小売り業を中心に深刻な打撃が報告されている。
10日過ぎから春節休暇が明け、中国では億単位の人の移動が始まり感染の様子も変わってくる。新型肺炎のピークは3月~5月と見られているが終息宣言が出るまで気を抜けない。


最後に新型ウイルス対策として個人でできる有効な対策をまとめたのでご励行を。

  1. こまめに石けんと流水での手洗いまたはアルコール消毒剤を用いた手・指の消毒。
  2. マスクを持っていない場合、咳やくしゃみをする際は、ティッシュや腕の内側などで口と鼻を押さえ、他の人から顔をそむけて1m以上離れる。鼻汁や痰の付いたティッシュはすぐにゴミ箱に捨て、手のひらで咳やくしゃみを受け止めた時はすぐに手を洗う。
  3. 外出時は人ごみの多いところは避け、マスク着用を。