朝鮮人慰安婦への同情-今と昔

この論稿は、山岡代表が英語で書き起こした記事を日本語訳したものです。オリジナルの英語版をお読みになりたい場合はこちらをクリックしてください。
2018年2月19日に英語版をアップしてあります。





「お前たちは慰安婦達のことを否定している!」

日本の皇室を忌み嫌っているとして知られる、あるオーストラリア人のジャーナリストが私に電話越しで叫んだ。

「いや」、「もちろん、慰安婦達は存在した。その事実については私の知る限り誰も否定はしていない」と私は答えた。

「ならば、なぜお前たちは彼女達に敬意を示さないんだ?」

「我々は、女性の人権は尊重している。でも、韓国人の活動家達が主張していることには賛同出来ないということだ」

そこで彼はさらにイライラし攻撃的になった。私が彼に気を鎮めるように言うと、ついにキレて電話をガチャンと叩き切ったのだ。

このレポーターの癇癪はさておき、私は朝鮮人女性に深い同情を抱くべきであると信じて疑わない。彼女達の窮状はそれはひどいものだった。

日本による統治と近代化以前の朝鮮においては、下層階級で出生した女子は文字通り奴隷であり、本人の意思に反して取引きされていた。朝鮮人の役人が婦女子を強制的に家屋から連れ去り、中国の権力者達への貢ぎ物としていたのだ。絶望的になった親達には、娘達を隠したり、彼女達の顔を傷付けたりして、逃れようとする者もあった。

そのような歴史的なトラウマを引きずっているため、朝日新聞によって報道された、吉田清治というペテン師による慰安婦強制連行の捏造ストーリーを韓国人達が信じてしまう下地があったのだと、ある老齢の韓国人男性が教えてくれた。

そのような習慣は日本の統治下では禁じられたが、封建制度が根底にある男性優位の体質は近代社会においても色濃く残った。日本に併合される前の朝鮮では、女子の教育は不要だと考えられていた。彼女達は日本の女子よりもさらに厳しい抑圧の下に生きていた。家出少女達は人身売買ビジネス業者にとっての格好の餌食となり、その多くが売春に身を落とすこととなった。

併合時代、日本は自国ですでに広く普及していた公娼制度を朝鮮に導入した。売春を完全に撲滅することは不可能であったが、許認可制度を設けることにより、既存の人身売買に基づく売春を厳しく取り締まることになった。

当時の日本、特に貧しい北日本では、経済的に困窮した親達が、売春宿と契約を結んで娘を売り渡すことが珍しいことではなかった。政府は厳しい規制を設け、この悪しき慣習が消滅することを願ったのだった。

朝鮮半島は日本よりももっと貧しかったため、日本の公娼制度が導入されると、朝鮮人の親達は娘を合法的に売春宿に売るようになった。1990年代に、慰安婦として初めて名乗りを挙げた金学順は、自分の母親にキーセンに売られたと証言している。親に前金として支払われた金額が返済された時点で解放される契約を娘が承知し、同意をしていない限り、そのような取引は違法であると、併合下の法律で規定されていた。

しかしながら、ソウル大学のイ・ヨンフン(李栄薫)教授は、朝鮮人の売春斡旋業者達は、娘達が同意しなくとも、強制的に連れて行った、と主張している。また、仮にそのような斡旋業者の介入がなくとも、儒教社会のため彼女達は親の意に背くことは困難だっただろう。

日本軍が採用した慰安婦制度は、一般的な公娼制度に倣ったものであったが、朝鮮で古くからある女性の人身売買制度と結びつくことになった。日本政府は今一度、今日の基準においては、そのような制度は論外であること、同様に、現地の女性を騙し、誘拐した罪で朝鮮人のブローカーが日本の警察に逮捕された膨大な記録が残されているということを明言すべきだ。地元の悪しき慣習のもとでの労働であっても、併合時代の日本人は弱い立場にある女性の地位の改善のために努力した。

活動家達は、慰安婦問題を白か黒かで論じようとし、日本を唯一の悪としている。しかし、この制度は単に加害者vs被害者という構図で成り立っているものではない。朝鮮人の親や売人達が大きく加担している。さらに、朝鮮人男性で日本軍に従軍した者達は慰安婦制度を、その他の同僚と同様に利用していた。朝鮮半島において、徴兵制度は1944年9月まで導入されなかった。すなわち、終戦前1年にも満たない期間であった。それにも拘わらず、その時までに、何十万人もの朝鮮人男性(当時は日本人として)が志願兵として日本軍に参加していた。

慰安所利用の折には、これらの男性達はそこで働く朝鮮人慰安婦達と母国語で会話していたであろう。もしも、そのうちの一人でも強制連行されたなどと告白しようものなら、朝鮮人兵士達は上官に向って暴動を起こしたことだろう。これは憶測などではない。現に、朝鮮人の捕虜が連合軍の取調べで話したことである。朝鮮人男性は慰安婦達が自ら志願して契約を結んだか、親に売られたことを知っていた。後者は当時あまりにも一般的な事象であったので、重装備の朝鮮人兵士達でさえ、そのような形で売買された朝鮮人女性に会っても、無反応であったのだ。

実際問題、当時、朝鮮人という国籍は存在していなかった。朝鮮人は日本人になっていた。彼らは日本国民として戦い、日本国民として負けた。彼らは、日本人同様に、慰安婦制度に協力していた。もしも、慰安婦制度が犯罪であると言うなら、朝鮮人も共犯者だ。彼らは日本が敗戦すると、素早く立ち位置を変え、自分達の関与や責任を隠蔽し、被害者の立場を主張するようになった。

しかし、虚偽に満ち、被害者ぶった政治はもう終わりだ。もしも韓国人が本当に女性の人権を憂慮しているのなら、現在、世界中で売春業から抜けられない、何万人もの韓国人女性の救済に奔走すべきである。これら、現代の人身売買の被害者達は、100年近く前に日本政府が取り締まっていたのとまさに同じような極悪ブローカー達によって苦しめられているのだ。



ジョージア州ブルックヘブン市

我々の近隣地域も含め、性的な人身売買は世界中でいまだに存在している。
FBIによると、2014年国内において、アトランタ都市圏がそのような犯罪発生数第一位であったと発表された。

この歴史的記念碑を振り返りながら、今日もなお起きているこのような犯罪をどのように認識し、意見を述べて行くのか、
考えて欲しい。




「慰安婦合意破棄:海外メディアの固定化する日本イメージ 」――江川純世

  ゲストブロガー  2018年01月06日 06:00

1月6日に言論空間アゴラに掲載された記事をご紹介します。 今のAJCNの主張をすべてこの記事に詰め込んであります。24時間アクセスランキングで2位まで上がり、記事内のリンクからAJCNのサイトを訪問してくれる読者が急増しています。日本国内国外の日系人の方々に日韓合意が実質破綻に瀕している中で、日本と日本人が負った傷の深さを自覚してもらいたいという気持ちで書きました。
オリジナル記事 http://agora-web.jp/archives/2030396.html 

2015年12月、慰安婦問題に関する日韓合意が発表された直後、私は1月12日に以下の記事をアゴラに投稿しました。

「肉を切らせて骨を断つ」論はありえない http://agora-web.jp/archives/1666450.html

この記事の中で、私は日本側が政府の国庫から韓国の財団に拠出した10億円と、公式の安倍首相の謝罪という大きな譲歩(肉を切らせて)の代わりに、長年の懸案事項であった慰安婦問題を両国家間の合意によって最終的かつ不可逆的に封じ込めることができた(骨を切る)とする日本側の外交的勝利を礼賛する一部保守陣営の見解について、日本対世界という観点から見れば、まさに骨を断たれたのは日本側であると真逆の見方を提示しました。
容易にひっくり返すことができる合意(現実に、ムン・ジェイン政権は昨年12月28日にちゃぶ台返しを行った)による一時的外交成果よりも、「日本政府が過去に幼い少女たちを拉致して性奴隷にしたことは歴史的事実だと日本政府が正式に認めた」とする認識が世界中に定着することの方が、日本の外交、安全保障にとって遥かに大きなダメージになるのです。すでに反日勢力は日本はホロコーストに匹敵する人権犯罪を行った国と、国連、各国のメディアや教育機関などに訴えています。
日韓合意破たんを伝える海外主要メディア(ロイター、ガーディアン、BBCなど)の記事に目を通しましたが、まとめると、おおむね次のような論調です。

「第2次大戦中、日本が日本軍のために占領地域(主に朝鮮半島)から集められ、兵隊用売春宿で強制的に性奴隷として働かされた約20万人の若い女性達をめぐるセンシティブな問題を解決するため日韓両政府が2015年末に形成した合意を、ムン・ジェイン大統領は「この合意では慰安婦問題を解決できない」と意見表明し、次の外交的対処の検討を政府スタッフに命じた。日本政府はこれに反発し、合意の見直し、再交渉の要求には応じない構えだ。」

すべての記事の中で性奴隷と20万という数字が既定の事実として扱われています。具体的な表現についてはこの記事の最後に記載の表現リストを参照ください。
ムン・ジェイン大統領が日韓合意の否定を公式表明し、合意破棄、または再交渉に向かって走り始めた今、これでまた日本が外交的に優位に立ったと言い切る方々にもう一度私が書いた上記のアゴラ記事を読んでいただきたい。韓国の慰安婦合意検証タスクフォースによる検証内容を発表し、韓国大統領が上記の所感を表明して以来、世界のメディアが書いた記事の論調(上記)を読めば、いかに日本に対するネガティブ・プロパガンダによる日本の貶めが成功し、日本が追い込まれているかよくわかるでしょう。

私たちのような海外に住む邦人にとって、今回のように各国のメディアによる、事実を無視した日本非難の繰り返しと刷り込みはたまりません。日本国内に住む方々には、海外在住の邦人や日系人がこのような記事が出るたびに周囲から非難の目にさらされ、質問に対しどう答えたらいいか困惑している姿や、これらの記事を読んだ外国人の大人が彼らの子供たちに日本と日本人をどう説明するかを想像していただきたい。

民族に対するヘイト感情はいったん刷り込まれると、それを修正することは容易ではなく、現実にそれが原因で米国や豪州で日系人に対する差別やいじめが発生しているのです。

オーストラリア Uniting Church Ashfield内敷地に建てられた慰安婦像を見せられる子供たち
(出典:豪州の“反日”グループFCWAのFacebookより)

 
日本政府に望みます。山岡鉄秀AJCN代表が提言しているように、「反論より立論を」という立場で日本側の主張を整理し直して、まずは世界に対する日本政府の立ち位置を示す外務省のサイトを作り直していただきたい。これがすべてのスタートです。これは邦人保護の観点からも極めて重要です。
日本政府はこれと連動して「強制連行された性奴隷を使っていた日本と日本人」という印象操作(ネガティブ・プロパガンダ)を明確に否定する立論を世界に発信しなければなりません。そして、日本語の紙面では誤報を認め読者には陳謝したが、今も英語記事で言葉を変えた誤報を全世界に垂れ流している朝日新聞をはじめとする個別のメディア、出版社、教育機関等に、認識の修正を強く働きかけねばなりません。
今までの外務省の活動はせいぜい個別の団体(市とか裁判所)や個人に対する「慰安婦像の設置は日本政府の立場と相いれない」などという立脚点が不明瞭な働きかけくらいでしたが、これでは米カリフォルニア州サンフランシスコ市やジョージア州のブルックヘブン市での結果を見る通り、効果はありません。
日韓合意でなぜ謝罪をしたか、日本政府関係機関の関与とは何であったのか、併合(Annexation)と植民地化(Colonization)との違いを含む新たな立論と慰安婦の定義(Licensed Prostitutes for Military Troops)に沿ってもっと線、面での情報戦を展開しなければ中韓、北朝鮮による日米豪の分断戦略には勝てません。相手は民間団体と称していますが資金と情報、人材を中韓、北朝鮮政府から供給してもらっていますので、自腹で個別に活動している日系民間団体の劣勢は明らかです。「アヒルの水かき程度」の今までの外務省のやり方では焼け石に水です。外務省内が無理であれば情報戦を外務省から切り離した組織で展開してもらいたい。

江川純世 AJCN(オーストラリア ジャパン コミュニティ ネットワーク)事務局長


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今回発信された海外メディアの記事中に見られる、日本及び日本人に対する固定化されたイメージを具体的な記述で確認してみましょう。

Reutersの記事
記事中の表現
  • “comfort women” forced to work in Japan’s wartime brothels
  • the comfort women, a Japanese euphemism for the thousands of girls and women, many of them Korean, forced to work in wartime brothels
  • provide the funds to help them heal “psychological wounds”
  • ”The agreement was not reconciliation, but an agreement not to talk about it anymore”

The Guardianの記事
  • deal on wartime sex slaves  
  • the “comfort women” – a euphemism for tens of thousands of women and girls, mostly from the Korean peninsula, who were coerced into working in Japanese military brothels   before and during the second world war
  • failed to take into account the former sex slaves’ feelings
  • provide money as a humanitarian gesture to help heal the women’s “psychological wounds”
  • There is disagreement on the exact number of women forced into sexual slavery by Japan during its 1910-1945 colonial rule of the Korean peninsula. Campaigners say as many  as 200,000 women – mostly Koreans, but also Chinese, south-east Asians and a small number of Japanese and Europeans – were forced or tricked into working in military brothels between 1932 and Japan’s defeat in 1945.
  • Oh said, according to Yonhap. “Receiving money does not mean that a crime is forgiven.”

BBC の記事
  • South Korea’s foreign ministry has said a 2015 deal with Japan tocompensate forced World War Two sex slaves failed to meet the needs of the victims.
  • South Korean activists estimate that up to 200,000 women were forced to work in brothels for WW2 Japanese soldiers.
  • The money was to come with an apology by Japan’s prime minister and the acceptance of “deep responsibility” for the issue. The majority of the comfort women were from Korea, while others were from China, the Philippines, Indonesia and Taiwan.
  • The majority of the comfort women were from Korea, while others were from China, the Philippines, Indonesia and Taiwan.

ABC Newsの記事
  • South Korean President Moon Jae-in says the country’s 2015 agreement with Japan to settle a decades-long impasse over Korean women forced into wartime sexual  slavery is seriously flawed.
  • Historians say tens of thousands of women from around Asia, many of them Korean, were sent to front-line military brothels to provide sex to Japanese  soldiers  during World War II.

Daily Sabaの記事
  • wartime sex slavery
  • the women forced to work as sex slaves, often known by the euphemism “comfort women”
  • Mainstream historians say up to 200,000 women, mostly from Korea but also other parts of Asia including China, were forced to work in Japanese military brothels during World War II.

NewsWeekの記事
  • over giving reparations to forced sex slaves
  • “comfort women,” who were enslaved in brothels for Japanese soldiers in World War II
  • Estimates suggest about 46 women who survived the wartime slavery are still alive in South Korea. About 200,000 women were enslaved in the wartime conflict and many of  them are aging or have already passed away.




慰安婦問題:日本政府は反論よりも立論を!


今回のAJCNコラムでは11月にオンライン言論サイトiRONNAに寄稿した山岡代表の記事の短縮版を転載します。AJCNはサンフランシスコ市における慰安婦像設置、韓国国会での慰安婦被害者記念日制定決議など日韓合意の実質的な一方的破棄の事態にどう対処すべきかの具体的提言を行っています。オリジナルバージョンはこちら。
http://ironna.jp/article/8262

訪韓した米国のトランプ大統領を歓迎する晩餐(ばんさん)会の最中、元慰安婦を称する女性がトランプ氏に抱き着いたことが記憶に新しい。多くの日本人は心底あきれ、苦々しく思ったことだろう。ただ、西洋社会で長く暮らした人なら分かることだが、トランプ氏は元慰安婦を「ハグ」などしていない。失礼にならない程度に受けただけで、むしろ右手で元慰安婦の腕を押さえて距離を取っている。あれはハグとは言わない。

ところで、韓国の「ゲスな演出」に憤るのは無理もないが、もっと大事なことがある。それは、日本政府が慰安婦問題に関して、トランプ氏にあらかじめどのようなブリーフィングをしたか、ということだ。というのも、韓国が訪日後にやってくるトランプ氏へ何か仕掛けるであろうことは十分予想できたからだ。

2014年4月、ソウルの青瓦台で握手するオバマ米大統領(左)と韓国の朴槿恵大統領(聯合ニュース)
 
覚えている方も多いだろうが、2014年4月にやはり日本の後に韓国を訪れたオバマ前大統領が、共同記者会見で突然、「慰安婦問題は重大な人権侵害で、戦時中であったことを考慮してもショッキングだ」と発言した。これは当時の朴槿恵政権が仕掛けた演出である。この時も多くの日本人が憤慨した。同年4月26日の産経ニュースによれば、オバマ氏は「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」とも述べたという。

オバマ氏からこのような発言が飛び出すということは、日本政府はオバマ氏が次に訪韓することを知りながら、慰安婦問題について明確な説明をしなかったことを意味する。オバマ氏の失敗に学んでいれば、今回はトランプ氏に十分なブリーフィングを行ったはずだが、どうであっただろうか。

仮に、ブリーフィングを行っていたと想定しても、問題はその中身である。わざわざ日本の立場を弱くするような説明をしていなければいいと思うが、筆者が心配するのには根拠がある。最近、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に慰安婦関連資料が登録されようとしているのを、日本の官民の努力で先送りにしたことは記憶に新しい。しかし、国連には「人種差別撤廃委員会」「女性差別撤廃委員会」「拷問禁止委員会」「奴隷廃止委員会」など、さまざまな条約委員会があり、その全てで慰安婦問題が日本の人権侵害の例として取り上げられ、日本政府は苦しい答弁を強いられてきた。そして10月末、下記の記事を見かけた。

政府、慰安婦問題は「解決済み」
国連委に検証も困難と回答
2017/10/31 15:31
©一般社団法人共同通信社
 【ジュネーブ共同】旧日本軍の従軍慰安婦問題を巡り、日本に適切な補償などの包括的解決を求めた国連人種差別撤廃委員会の勧告に対し、日本政府が昨年12月に「補償に関してはサンフランシスコ平和条約などにより解決済み」と回答していたことが10月31日、分かった。委員会が回答を公表した。
 委員会は責任者を裁判にかけるようにも勧告したが、日本政府は「今からの具体的な検証は極めて困難」で、責任者追及も考えていないと指摘。一方で、慰安婦問題の解決に関する2015年の日韓合意に言及し「高齢の元慰安婦のためにも日韓両政府で協力し合意を実施していく」と強調した

これだけ読むと、日本政府は旧来のパターンを繰り返しているように見える。つまり、「日本はもう謝罪して補償しました。解決済みの案件です」と許しを請うパターンだ。まして、「高齢の元慰安婦のためにも…」などといえば、「悪いことをしたのは本当です。でも、もう謝って弁償しました。もっと努力致します」と言っているのに等しい。16年2月16日の国連女性差別撤廃委員会における杉山晋輔外務審議官(当時)の発言によりこのパターンを脱したはずだったが、またもや逆戻りしてしまったのか。

日本政府の説明に完全に欠けているものは何か。それは、「そもそも慰安婦制度とは何だったのか?」という明確な定義である。慰安婦問題が国際問題化した際、政府はアメリカの公文書館にまで行ってかなり詳細に調べた。その結果、強制連行などの根拠は全く出てこなかった。すると、韓国政府から、「強制と認めてくれればこの話は蒸し返さない」と持ちかけられ、愚かにも河野談話を発表した。よく読むと組織的な強制連行があったとは読めないのだが、一読すると強制であったような、曖昧な談話を政治的な判断で作ったのだ。すると韓国側は手のひらを反して、「日本政府が強制を認めた。河野談話が証拠だ」と騒ぎ出して今日に至る。騙されたのだが、騙されたとはっきり言うガッツも日本の政治家にはない。

海外暮らしが長い筆者が、日本政府の立場に立ったなら、まずは一次資料に基づき、日本政府が認識する「慰安婦制度の実態と問題点の定義」を述べ、それを軸に議論を展開する。つまり、立論から始めるのである。それをせずに「償った」とばかり繰り返しても、ごまかしているように聞こえてしまう。これが、前述のオバマ氏の「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」という発言につながるわけだ。謝って許しを請うばかりで、説明になっていない。このありさまでは、やはりトランプ氏にも明確な説明がなされていないと推測すべきだろうか。


2017年8月、韓国・ソウル市内を運行したプラスチック製の慰安婦像を乗せた路線バス(産経新聞)

90年代ならともかく、現在までには研究もかなり進み、慰安婦制度とは何だったかがかなり正確に分かってきた。一次資料に基づいて、「慰安婦制度とは何だったのか。強制連行は行われず、慰安婦は性奴隷ではなかった」ことを明確に説明することは困難ではない。日本政府は明確で簡潔な「定義=立論」を作成し、それを一貫して使い続けるべきだ。それには、例えばソウル大学の李栄薫(イ・ヨンフン)教授の研究などが参考になるだろう。

慰安婦制度の定義(例)
「慰安婦制度とは、日本国内で施行され、日本統治下の朝鮮半島と台湾でも施行された公娼(こうしょう)制度の軍隊への適用である。目的は兵士による性犯罪や性病の蔓延(まんえん)の阻止、スパイ行為の防止などである。当時も軍が売春制度を管理することには躊躇(ちゅうちょ)があったが、性犯罪防止を優先した。慰安婦制度の導入と同時に、戦場における兵士の性犯罪を刑事犯罪として立件できるようにした。厳格な法律の下に運用されていたので、だまして売春をさせたり、強制的に連行したりすることは明確な法律違反であった。慰安婦は契約期間が終了すれば廃業して帰国できた」

慰安婦制度の問題点
「兵士による性犯罪を防止するのが主目的であったが、それでも戦争犯罪と呼べるケースは発生した。代表的なものがインドネシアで発生したスマラン事件であるが、管轄する日本軍将校によって取り締まられ、首謀者は戦後の戦犯裁判で処刑された。また、女性の募集は現地の業者によって行われたが、特に朝鮮半島で朝鮮人業者による暴力を含む犯罪行為でだまされたり強制的に連れ去られたりしたケースがあった。日本の警察が取り締まったケースが数多く報告されているが、取り締まりきれなかった可能性がある」

日本政府はなぜ謝罪し、賠償してきたのか?
「当時の慰安婦制度は合法であり、軍隊による一般女性の組織的強制連行などは行われていない。慰安婦強制連行説は吉田清治という詐欺師の嘘を朝日新聞が検証せずにばらまいた虚偽である。朝日新聞は2014年に誤報を認めて記事を撤回している。しかし、当時は貧しさから家族に売られたり、悪質な業者にだまされたりするケースが多かったことは事実であるから、そのような女性たちの境遇に心から同情を示すものである」

もちろん、これは一例であり、詳しく書こうと思えば、いくらでも長く書ける。しかし、ここでのポイントは、誰でもすぐに覚えられるように、簡潔な定義をしておくことである。そして、その定義を一貫して矛盾なく使い続けることが肝要だ。慰安婦を「売春婦」と切り捨てるような発言は控えるべきだ。

あのトランプ氏に抱き着いた元慰安婦も、証言が頻繁に変わることで知られるが、哀れな存在であることに変わりはない。あのような女性の背後には、満足な教育も受けられないままに親に売られてしまった女性たちが数多く存在した。最初に名乗り出た元慰安婦とされる金学順氏も親にキーセンに売られた。日本政府に法的責任はなくとも、同情するから何度も謝罪し、お金を払ってきたと説明すべきだ。

筆者は一貫して「反論よりも立論が大事」と主張している。立論がないままに反論や説明を試みても、有効な議論はできない。明確な立論は、それ自体が有効な反論になり得るのである。日本政府は「誠意をみせて丸く収めよう」とするあまり、何度も謝罪したり金を払ったりしては「罪を認めた犯罪者」呼ばわりされる愚を犯している。察するに、かつて保守系知識人が米紙に出した意見広告が反発を買ったことがトラウマ(心的外傷)になっているのかもしれない。

センセーショナルな物言いをする必要はまったくない。あくまでも淡々と一次資料に基づく立論を行うのだ。今年8月に、筆者は米ジョージア州の州議会議員2人に資料を見せながら「慰安婦制度とは何か」を説明する機会を得た。二人ともひどく驚いた様子で、「日本政府は強制連行や性奴隷を否定する証拠を持ちながら謝罪しているのか?」と聞いてきたのが印象的だった。

「抱き着き慰安婦」に立腹するのはよい。無理やり「独島エビ」を晩餐会メニューに含める極左親北の韓国政府に何を言っても無駄だろう。しかし、大切なことは、トランプ氏をはじめ、第三国のキーパーソンに誤解が生じないように「慰安婦制度とは何だったのか?」を明確な立論を持ってしっかりと説明することである。

2017年11月7日韓国大統領府で開かれた夕食会でトランプ大統領に抱きつく元慰安婦、李容洙(イ・ヨンス)さん(東亜日報)

国の名誉を守るのに、反発を恐れてはいけない。恐れるのなら、その分隙のない立論を作ればよいのだ。謝ってばかりでは、犯罪者認定されてしまうのがオチである。「罪を認めるなら責任を取れ、もっと賠償しろ」と言われ続けるのが国際社会の常識だ。今となっては、なぜ謝ったのかも明確に説明しなくてはならない。ゆめゆめトランプ氏に「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」と言わせてしまってはならない。




悲しくも滑稽な映画『軍艦島』にみた韓国人の心の奥


(山岡鉄秀AJCN代表IRONNA記事)


歴史プロパガンダ戦で韓国が慰安婦問題の次の弾に選んだ徴用工問題の具体的な展開である映画「軍艦島」について、AJCNの山岡代表が言論空間「IRONNA」で発表した記事を転載します。徴用工問題は、豪州における中国のスパイ網の元締めであった陳用林氏〈2005年豪州に政治亡命〉も中国のプロパガンダ戦のツールの一つであることを認めています。

8月23日、ニューヨークに降り立つや否や、件(くだん)の韓流プロパガンダ映画『軍艦島』を見ることになった。7月にはブロードウェーのビルボードで派手なプロモーションを打ち、8月4日には米国とカナダの約40カ所で封切られたので、マンハッタン界隈(かいわい)の映画館で見られるだろうという思い付きだった。ところが、ホテルのコンシェルジュに聞くと、隣のクイーンズ地区まで行かなくてはならないという。クイーンズといえば「フラッシング」という韓国人街がある。そこでも午後と夕方の2回しか上映していない。

映画『軍艦島』のパンフレット


 要するに、封切り後3週間未満でニューヨークの中心部から消えて、韓国人が多い郊外で細々と上映されている、ということだ。興業的には失敗したことがはっきりわかる。約220億ウォン(約22億円)という巨額の製作費をかけ、韓流スターを動員したトンデモ映画『軍艦島』は、本国での封切り初日こそ97万人を超える史上最多の動員を記録したが、翌週からまさかの失速をし、いまや損益分岐点に届くかも怪しいという。何が韓国人をしらけさせたのだろうか。タクシーに30分も乗ってまで見る価値があるかという思いを振り払って、これも調査と自分に言い聞かせてクイーンズ地区へ向かった。

 本稿の目的は、この映画がいかに荒唐無稽かを詳述することではなく、日本人としてこの映画から何を読み取るべきかを解説することである。『軍艦島』は徴用工がテーマであるが、慰安婦も登場し、慰安婦問題を含む全ての歴史問題に通底する韓国人の被害者ファンタジーである「恨(ハン)タジー」と、悲しいまでの自己肯定願望があふれている。その現代韓国人のメンタリティこそ日本人がしっかりと理解しなくてはならない要諦であり、それを理解せずに彼の国と外交を行えば必ず失敗する。この映画はそういう観点からこそ見るべきものである。

 それにしても、ここまで荒唐無稽になるとほとんどギャグの世界だが、史実を極端に歪曲(わいきょく)すると、エンターテインメント映画にならざるを得なかったのだろう。映画評論家のジャスティン・チャンは、米紙ロサンゼルス・タイムズの映画批評欄で「この手の歴史修正主義は映画の世界では珍しくない。歴史をばかげた復讐(ふくしゅう)ファンタジーに仕立てあげる特権はクエンティン・タランティーノだけに許されるべきではない」(筆者訳)と書いている。つまり、歴史を知らない人間の目にさえ、「歴史捏造(ねつぞう)復讐ファンタジー」であることが明らかな出来栄えだということだ。

 映画館に入る前、チケット売りが「この映画にはコメディーの要素もあるんだ」と前の客に言っていたのが聞こえたが、人気俳優のファン・ジョンミンとキム・スアンが親子役で登場してその意味がわかった。娘を愛するジャズ楽団団長の父親と、楽団の歌手で小学生の娘がコミカルな人情劇を演じる。ふたりが連絡船で端島(軍艦島)に着くなり、軍人らが乗り込んできて、警棒で乗客を殴りつけて連行していく。ファン演じるイ・カンオクは「やめてください、やめてください」と日本語で懇願する。ばかげたシーンである。労働者を痛めつけてどうするのか。要は、端島の炭鉱で働く朝鮮人は全員が強制連行の被害者だったという印象操作がなされているわけだ。
実際には、国家総動員法に基づく国民徴用令が朝鮮半島で適用されたのが1944年9月だが、制海権を失ったことから、45年3月までの7カ月間しか朝鮮人を移送できなかった。それ以前は一般公募による出稼ぎと官斡旋だった。戦争で日本国内は極度の労働力不足に陥っていたので、朝鮮半島で支度金を払って、家族単位での出稼ぎが募集された。だから端島には女性も子供もいた。

かつて三菱の私有地だった長崎市の端島炭坑(通称・軍艦島)。建物の劣化が進む


 映画のクライマックスでは、敗戦が近いことを悟った日本人経営者が、奴隷労働の証拠隠滅のために、朝鮮人全員を坑道に閉じ込めて殺害することを画策。察知した朝鮮人が武装蜂起し、激しい銃撃戦の果てに船を強奪して逃亡する。船上で、被弾して負傷したイ・カンオクが、武装蜂起をリードした工作員のパク・ムヨン(ソン・ジュンギ)に「俺の娘に好物のそばを食べさせてくれ」と頼んで息を引き取る。お涙頂戴のシーンだが、実際には終戦後、炭鉱を所有していた三菱が船を用意してみんな平和に帰国したのである。

 さすがにここまでの捏造は、いくら韓国人でも見ていて恥ずかしいだろう。しかし、もうひとつ韓国人がエンタメと割り切れない要素がこの映画にはある。悪役の朝鮮人がたくさん登場するのである。朝鮮人の悪人とは、日本人に協力する裏切り者で「親日派」と呼ばれる。日本人経営者にへつらって朝鮮人を弾圧する朝鮮人労務係が登場し、朝鮮人慰安婦を虐待する朝鮮人の女衒(ぜげん)が言及され、そして極め付きは、端島の朝鮮人に「先生」と崇拝される独立運動家のイ・ハクチュンの裏切りだ。尹は朝鮮人を代表して会社と交渉するふりをしながら、ひそかに会社側と通じており、朝鮮人労働者の給与や死亡補償金をピンハネしていた。揚げ句の果てには、朝鮮人全員を証拠隠滅のために坑道に生き埋めにして抹殺する会社の計画に加担し、朝鮮人を坑道に誘導しようとする。それを見破った工作員の朴に朝鮮人群衆の面前でのどをかっ切られて絶命する。

 なんという後味の悪さであろうか。朝鮮人の敵は朝鮮人だったのだ。これでは韓国人が単純にエンタメと割り切れないのも無理はない。日本人だけを悪役にしないのは、韓国人の自己反省の表れであろうか。いや、そうではない。韓国人の強引な自己肯定のためには、悪役は日本人だけでは足りないのだ。実はこれは、文在寅(ムン・ジェイン)大統領をはじめとする現在の韓国人が信奉する歴史観の表れなのだ。それはこういうことだ。


・韓国は平和で健全な独立国だった
・それを、大日本帝国が強引に合併し、独立を奪った
・親日派の裏切り者朝鮮人が虎の威を借る狐のように同胞を搾取した
・日本による併合がなければ、韓国は自力で近代化を成し遂げ、もっと発展していた
・親日派は戦後、親米派となって搾取を続けた売国奴だ
・だから韓国が真っ先にすべきことは親日派の排除だ
・韓国は無実の被害者であり、日本の悪事を世界に知らしめて、民族の栄光を取り戻す必要がある
・韓国の独立は、自ら日本を追い出して勝ち取った
 
どうしてもこのように信じたいのである。そのためには、史実を歪曲せざるを得ない。
事実とかけ離れているからだ。
周知のとおり、朝鮮半島は極めて長きにわたって中国歴代王朝の属国だったが、日清戦争に勝利した日本が下関条約により朝鮮を独立させた。しかし、財政的に自立できず、結局日本に併合された。日本国内では併合反対論も強かった。日本は朝鮮半島を内地化し、膨大な投資をして近代化した。非常に多くの朝鮮人男性が大日本帝国陸軍に志願した。日本が敗戦しても、朝鮮総督府は機能を続けて米軍に引き継がれた。独立運動は存在し、上海に「大韓民国臨時政府」なるものが設立され、「光復軍」なる軍事組織も作られたが、内紛が絶えず、いかなる国からも承認されなかった。

 したがって、韓国人は自らの手で独立を勝ち取ったことは一度もない。独立させてもらったが、自力で維持すらできなかったのが現実だ。彼らが「親日派」「親米派」として敵視する世代の人々は、その時代の官僚や軍人など、社会を支えた功労者である。彼らを憎んだところで意味がない。これは韓国人の知人の言葉だが、採用試験に受かったら売国奴で、落ちたら愛国者だとでもいうのだろうか。それとは別に、朝鮮人の女衒たちが朝鮮人婦女子を売り飛ばして稼いでいた。それは今も同じだ。その現実を直視することなく、前述のように強引に自己肯定しようと国を挙げて必死にもがいている。

 その「恨タジー・歴史修正主義」の象徴が「慰安婦」であり、「徴用工」であり、そのメンタリティの結晶がプロパガンダ映画『軍艦島』なのだ。韓国人の妄想を凝縮した『軍艦島』は大ヒットするはずだったが、図らずもそのいびつさゆえに失速した。『軍艦島』とはそのように悲しくも滑稽な映画なのである。「本当にあのように戦えたらどんなによかっただろう!」と多くの韓国人が心の奥で思っているのだ。

 もっとも、このトンデモプロパガンダ映画にも、たったひとつ真実が含まれていることを追記しておくべきだろう。朝鮮人は実際のところ、いざとなったら映画のラストシーンのように、死を賭して戦う覚悟はあった。

 終戦間際の1945年4月、捕虜になった朝鮮人のうち、信頼に足るとみなされた3人が米軍によって尋問された。尋問内容は慰安婦に関してだった。
(Composite report on three Korean navy civilians, List no.78)

「朝鮮人は一般的に、日本軍による朝鮮人女性の売春業への採用を知っていたか? 平均的な朝鮮人のこの制度に対する態度はどのようなものであったか? この制度を原因とする混乱や摩擦を知っているか?」(筆者訳)という質問に対し、朝鮮人捕虜は以下のように答えた。

「太平洋地域で会った朝鮮人娼婦は、みんな自発的な売春婦か、両親に売られて売春婦になっていた。これは朝鮮の考え方ではまともなことだった。もし、日本人が女たちを直接徴用したら、老いも若きも絶対に許容しなかっただろう。男たちは怒りに燃え、いかなる報復を受けようとも日本人を殺していただろう」(筆者訳)
2017年8月16日、ソウルの日本大使館前で慰安婦像を囲みながら開かれた抗議集会


 このことからわかるように、徴用工であれ、慰安婦であれ、日本人によって強引で悪辣(あくらつ)なことがなされれば、朝鮮人は『軍艦島』のラストシーンのように戦う意思があったのだろう。それだけは真実といってもよいのだろう。そして、そのような暴動は起きなかった。その必要がなかったからである。炭鉱労働は日本人にとっても朝鮮人にとっても過酷であった。しかし、朝鮮人は平和裏に故郷へ帰り、戦後補償問題は政府間で解決された。

 韓国人はいい加減に「恨タジー」に逃げ込むのをやめて、歴史を直視しなくてはならない。さもなければ、痩せこけた徴用工像も、幼年慰安婦像も、欺瞞(ぎまん)の象徴であり続けることになるだろう。映画『軍艦島』の失敗がそのことを示唆している。




日本人が知らない歴史に見る日本人集団虐殺事件


Cheers 2017年 10月号記事


今日本で「歴史戦」という言葉がしきりに使われています。戦争は情報戦から始まります。ここでいう情報戦とは歴史問題を自国のポジションを優位に導くためのプロパガンダの材料として使うことです。具体的には、突如靖国神社参拝が非難されるや、南京事件、慰安婦問題が繰り出され、次のカードとして徴用工問題、朝鮮人関東大震災虐殺などが俎上にあがっています。

なぜこのような歴史的事件の掘り起こしが次々と行われるようになったのか。その鍵は元シドニー中国総領事館の外交官で、2005年にオーストラリアに政治亡命した陳用林氏の言葉にあります。陳氏はもと中国外交官として、オーストラリアで活動中の中国スパイ、1,000人以上を統括し、主な任務は法輪功信者の監視と弾圧でした。反中分子の拉致、本国送還にも関与、自らの非道な仕事に嫌気がさして、家族と豪州政府に政治亡命し、豪州議会、NZ議会、米国議会で自らのスパイ行為について証言し、からくも中国政府の手から逃がれています。彼は亡命当初から自宅を中国エージェントに監視され、尾行が常についていたと語っていました。今は反共産党活動を展開する中国人グループの広報担当としてメディアにも取り上げられています。彼はこう語りました。

「中国共産党の日本に対する一貫した戦略は、日本が独り立ちして自分の意見を言わせないよう、中国に対して謝らせ続け、悪いことをしたと罪悪感を持たせ続けることである。」
「それは例えば南京事件、慰安婦問題、靖国神社参拝問題などですか?」と問われると、それを否定せず、「外交カードとして使えるものは何でも使う、それが共産党のやり方だ。」と答えました。もちろん、日本を悪魔化することで、日米、日豪関係を分断し、日本を孤立させ、日米安保を無効化しようという意図もあります。慰安婦問題に北朝鮮が絡んでいるのはそのためです。

今は反共産党活動で熱弁をふるう陳用林氏












その一方で、ソ連、満州、中国、朝鮮半島で、多くの日本人居留民が虐殺された事件は歴史の授業で教えられることもなく、忘れられてきました。

たとえば、1937年7月29日に北京近くの通州で200人以上の日本人居留民が中国軍兵士によって虐殺された通州事件は、その酸鼻を極めた拷問、強姦、虐殺の仕方で歴史家の間では有名な虐殺事件です。その殺し方は日本人の及びもつかない凄惨なもので、目の球をくりぬく、頭を断ち切る、腹を裂いて内臓を引き出す、蜂の巣のように銃剣で突き刺す、首を縄で縛り、両手を合わせて鉄線を貫く、子供を逆さまにして頭を叩きつけて殺害、子供や女性の鼻に針金を通し、牛を引っ張るように引っ張っていく、そのうえで子女の多くが陵辱され殺されました。

これら、日本人が知らない歴史上の日本人虐殺事件を振り返ってみましょう。


1.通州事件
通州事件(つうしゅうじけん)とは、日中戦争(支那事変・北支事変)の初期、盧溝橋事件3週間後の1937年7月29日に中国陥落区の通州(現:北京市通州区)において冀東(きとう)府保安隊(中国人部隊)が、日本軍の通州守備隊・通州特務機関及び日本人居留民を襲撃・殺害した事件です。通州守備隊は包囲下に置かれ、通州特務機関は壊滅し、200人以上におよぶ猟奇的な殺害、処刑が中国人部隊により行われました。通州虐殺事件とも呼ばれているほどの残虐な集団虐殺事件です。通州の日本軍守備隊は、主力が南苑攻撃に向かっていたため留守部隊であり、総勢110名程度でした。攻撃側人数は3,000人 – 4,000人、死亡者は通州在留日本人・朝鮮人385名のうち223名、内訳は日本人117人、朝鮮人106人。事件の翌日(7月30日)、日本軍が通州に向かっている知らせを聞いた主犯の中国人学生たちと保安隊員は即座に逃亡を開始し、日本軍到着時にはすでに保安隊員と学生の姿はありませんでした。
後世南京事件に中国がすり替えたとも言われているこの通州事件、日本人も知っておくべき歴史的事件です。今チベットで起こっている国民の1/4にも及ぶチベット人の虐殺はこの通州事件の拡大版です

当時の事件を伝える新聞記事。
 
被害者の写真


2.済南事件
済南事件(さいなんじけん中国では五・三惨案)とは1928年(昭和3年)5月3日午前9時半頃、中国山東省の済南における、国民革命軍(南軍)による日本人襲撃事件です。日本人の被害は死亡者12名(のちの通州事件と似通った凄惨な殺され方。そのほか400名の重軽傷者が出ました。すべて暴行、強姦、略奪の結果です。世界大恐慌直前、1927年ごろは他国列強と同様、多くの日本人がビジネスのために大陸に渡りました。彼ら居留民を保護するため軍人も駐屯していました。1928年5月3日、満州日報の取次店が国民党軍(実際には共産党のシンパも紛れ込んでいました)により、襲撃、略奪されました。駆け付けた日本人巡査たちも多勢に無勢で暴行を受け、日本陸軍が駆け付けましたが、国民党軍は兵舎に遁走し、そこから銃撃し始めました。日本軍が応戦する中、今度は市中で国民党軍が乱射、略奪、暴行を始めました。ここで蒋介石が日本側に安全の保障をしたふりをしたので、日本側はバリケードを撤去したところ中国側が攻撃、惨劇が始まりました。陰部に棒を突っ込まれた女性の写真は足袋を履いているためそのままでは日本人とわかるのでイラスト化され、中国の歴史教科書に日本人の蛮行ということで掲載されています。また関係のない731部隊蝋人形館ではこのシーンが日本人の暴虐なシーンとして再現されています。中国流プロパガンダの極みともいえる例です。

実際の犠牲者の検死写真 東条きんさん(女性・24歳) 両腕を帯で後手に縛られて顔面、胸部、乳房に刺創。助骨折損。陰部に棒をさしこまれていた。

中国系アメリカ人女史アイリス・チャンの著書「レイプ・オブ・ナンキン」の写真


中国の歴史教科書(翻訳版)

中国731部隊記念館 「中国人に虐殺された日本人」が中国人被害者にすり替えられる













3.その他にもある海外における日本人集団虐殺事件
ここでは詳しく述べませんが知られている日本人襲撃事件を列挙してみます。

1)通化事件(つうかじけん)とは、1946年2月3日に中国共産党に占領されたかつての満州国通化省通化市で中華民国政府の要請に呼応した日本人の蜂起と、その鎮圧後に行われた中国共産党軍(八路軍)および朝鮮人民義勇軍南満支隊による日本人及び朝鮮人に対する虐殺事件。日本人約3000人が虐殺され、その多くが老若男女を問わない一般市民だった。

2)敦化事件(とんかじけん)とは1945年8月27日に満洲国吉林省敦化(現吉林省延辺朝鮮族自治州敦化市)でソ連軍によって連日に渡り集団強姦され続けていた日満パルプ製造(王子製紙子会社)敦化工場の女性社員や家族が集団自決した事件。

3)真岡郵便電信局事件(まおかゆうびんでんしんきょくじけん)とは、太平洋戦争末期の樺太の戦いで、真岡郵便局の電話交換手が集団自決した事件である。当時日本領だった樺太では、ソ連軍と日本軍の戦闘が、1945年8月15日の玉音放送後も続いていた。真岡郵便局の電話交換手(当時の郵便局では電信電話も管轄していた)は、疎開(引き揚げ)をせずに業務中だった。8月20日に真岡にソ連軍が上陸すると、勤務中の女性電話交換手12名のうち10名が局内で自決を図り、9名が死亡した。真岡郵便局事件、また北のひめゆり(事件)とも呼ばれる。
自決した電話交換手以外に残留していた局員や、当日勤務に就いていなかった職員からも、ソ連兵による爆殺、射殺による死者が出ており、真岡局の殉職者は19人にのぼる。

4)葛根廟事件(かっこんびょうじけん)は、1945年8月14日、満州国興安総省の葛根廟(現在の中華人民共和国内モンゴル自治区ヒンガン(興安)盟ホルチン右翼前旗葛根廟鎮)において日本人避難民約千数百人(9割以上が婦女子)が攻撃され、1,000名以上が虐殺された事件。引揚者の回想録によると、ソ連軍の攻撃で、避難民1,000名以上が虐殺されたと主張される。

5)尼港事件(にこうじけん)は、ロシア内戦中の1920年(大正9年)3月から5月にかけてアムール川の河口にあるニコラエフスク(尼港、現在のニコラエフスク・ナ・アムーレ)で発生した、赤軍パルチザンによる大規模な住民虐殺事件。港が冬期に氷結して交通が遮断され孤立した状況のニコラエフスクをパルチザン部隊4,300名(ロシア人3,000名、朝鮮人1,000名、中国人300名)が占領し、ニコラエフスク住民に対する略奪・処刑を行うとともに日本軍守備隊に武器引渡を要求し、これに対して決起した日本軍守備隊を中国海軍と共同で殲滅すると、老若男女の別なく数千人の市民を虐殺した。殺された住人は総人口のおよそ半分、6,000名を超えるともいわれ、日本人居留民、日本領事一家、駐留日本軍守備隊を含んでいたため、国際的批判を浴びた。日本人犠牲者の総数は判明しているだけで731名にのぼり、ほぼ皆殺しにされた。建築物はことごとく破壊されニコラエフスクは廃墟となった。

歴史にはこのような「学校で絶対に習わない」側面があることも忘れてはならないでしょう。




慰安婦像設置1周年行事に見る慰安婦像問題の本質


反日韓国人グループがユナイティング・チャーチ(アッシュフィールド)の教会建物裏、プライベートパーキングの奥に韓国挺身隊問題対策協議会から譲り受けた一体の慰安婦像を仮置きしてから1年が過ぎました。反日韓国人グループ、Friends of Comfort Women in Australia(FCWA)は1周年を記念し、この教会で8月5日(土)にイベントを行いました。イベントは雑貨、食品類を売るフェイト(バザー)、教会内での短編映画上映、コンサート、1周年記念行事(来賓の挨拶、支援者のビデオレター紹介など)で構成されていました。主催はシドニー平和の少女像実践推進委員会(責任者共同代表;Vivian Pak氏)、主管は 社団法人オーストラリア韓国教育文化センター(KCC)となっています。メンバーの多くはシドニー韓人会所属のメンバーでもあります。
下はストラスフィールドやアッシュフィールド市内に貼られたポスターです。


 
来賓として教会のBill Crew牧師、労働党のJody Mackay 州議会議員、StrathfieldのAndrew Soulos市長、Strathfield Council の General Manager Henry Wong氏らが来席、アボリジナル問題関係者、Bill Crews牧師、 Jody Mackay州議がスピーチを行い、韓国から送られた挺対協のユン・ミヒャン代表とこの慰安婦像のスポンサーの一人であるイ・ジェミョン城南市長の2つのビデオメッセージが披露されました。(韓国語、英語字幕)。
最後に今回のイベントの責任者であるVivian Pak氏が像を表通り(Liverpool Street)側に移設したいと気勢を上げました。


韓国人司会者が語った20万人の性奴隷となった韓国人女性を鎮魂する慰安婦像、Jody Mackay州議が語った全女性の象徴でもある慰安婦像、ビル牧師が語った戦争犯罪の被害者の女性を悼む慰安婦像、どの発言もが女性の人権、戦争時の弱者、犠牲となりやすい女性を悼む人道主義的なものばかりです。
一方、周辺市民の郵便箱に配られたチラシには”Dignity and Justice to the Victims of Military Slavery by Japan”と一方的な政治的言辞が書き込まれています。


当日のバザーの会場には明らかに政治的な日本政府に賠償を求めるバナー“Japan must take the legal responsibility to the victims of Japanese sexual slavery.”が掲示されており、このイベントを主催した反日グループの本音が露わになっています。教会がこのような主張をする反日グループに場所を提供していることは、教会がこの極めて政治的な主張をサポートしていることになります。


また日本兵を悪役に仕立てた漫画も掲示し事実の認識より感情に訴える手法を使っています。


なぜこれら一部の韓国人グループは世界中で慰安婦像を建てて回っているのでしょうか。コミュニティのハーモニーを守る戦いを続けてきたAJCNのメンバーたちもその執念、執着の強さには驚くばかりです。それを理解する一つの鍵が、前韓人会会長、現反日中韓グループKACA(the Korean Committee of United Austral Korean-Chinese Alliance)の会長であるLuke Song氏が、ストラスフィールド市公用地への慰安婦像設置運動を率いていた時に、韓人会のサイトに書き込んでいたパブリック・コメントにあります。
彼は2015年7月10日にこう書きこみました。
「この土地にも住む、日本人に我々は二度と敗れはしない。日本軍国主義の復活を夢見る安倍晋三に連なる、反省しない日本人を撃破し、女性の人権侵害の歴史に終止符を打つ。慰安婦として働いた、20万人の哀れなうら若き女性たちの涙をぬぐい去るのだ。」
続いて7月18日には
「韓国の歴史は惨めだった。常に諸外国の侵略を受けたが、我々は抗する力もなく、団結もできなかった。この惨めな歴史ゆえに、我々は敵(日本人)を降伏させ、謝罪させるために戦う。そして新しい、力強い、何万年も続く歴史が始まるのだ。」
Luke氏はビル牧師に直接会って慰安婦像の受け入れについて折衝しました。
韓国人グループの慰安婦問題に対するこだわりを理解するにはその歴史に対する理解が必要です。

朝鮮半島屈辱の歴史
そもそも、なぜ韓国人は吉田清治の荒唐無稽な慰安婦強制連行話を真に受けて信じ込んだのでしょうか。それは朝鮮半島にこそ、強制連行と性奴隷の長い歴史があるからです。朝鮮半島の諸王朝はずっと中国歴代王朝とは朝貢義務のある属国関係にあり、度々、大勢の若い女性を貢物として差し出していました。それらの女性たちをどうやって集めていたか?その目的で王朝に任ぜられた役職が存在したのです。

採紅使(チェホンサ)と採緑使(チェロクサ)又は採青使(チェチョンサ)という役職がありました。採紅使(チェホンサ)は若い人妻を集める役職で、採緑使(チェロクサ)は処女を集める役職でした。王朝の命令で、文字通り半島中から若い人妻や処女を拉致して集めていました。当時はバスも汽車もなかったので、こうして集められた女性たちは、それこそ数珠つなぎになって連行され、王族・貴族の慰め者になったり、道をとぼとぼと歩いて貢物として中国の王朝に届けられたりしました。それらの女性たちが数年後に帰国できた場合に行くのが弘済院(ホンジュイワン)という役所で、そこでタライに入った水で股間を洗うと、「法的に処女に戻った」と証明する判子がもらえました。しかし、それらの女性は還郷女(ファラングヨン)という女性を侮辱する最悪の言葉でさげすまれ、裏社会に追いやられ、キーセンになったり、下女として働いたり、誰かの妾になったり、所有物になって生きるしかありませんでした。
朝鮮王朝での王位継承も年号制定も大国と称された中国の承認が必要でした。朝鮮は原則的に朝貢貿易以外の交易が禁止されており、貨幣鋳造もできなく、金銀採掘も禁止されていました。そして、訓民正音でハングル文字が制定されるまで、漢字文書以外には文書がありませんでした。ハングルは朝鮮総督府が“朝鮮語学会”を組織し、整理・体系化しました。中国と朝鮮の関係は江戸幕府と諸藩との関係以上に過酷だったのです。 

日本の統治はたったの36年間でした。インドはイギリスに90年間、インドネシアはオランダに150年間、ベトナムはフランスに65年間植民地支配された歴史があり、台湾は50年間日本の総督府統治下にありました。朝鮮は中国との主従関係において、そのように悲惨な歴史的事実があるので、現代の韓国人は、36年間朝鮮を統治した日本人も同じ圧政をやったに違いない、と思ってしまうわけです。自分たちが自民族にやって来たことを、他民族の日本人がやらないわけがないとの先入観があるのです。日本人はその朝鮮の暗い歴史の事実を知らねばなりません。若い婦女子を拉致して性奴隷にする、それはまさに朝鮮の伝統でした。

Luke氏の文章は、永遠に恨みと鬱憤をぶつけられる相手を探しているかのように見えます。あまりにも悲惨な歴史を背負う彼らは、慰安婦像建設のような鬱憤を晴らす機会にしがみ付かざるを得ず、冷徹な事実関係には興味がないのです。本来であれば日本人に歴史に関する全ての恨みをぶつけるより、本当に彼らを蹂躙した中国人にその鬱憤をぶつけるべきでしょうが、中国に逆らえば、あっという間に粉砕されてしまいます。なので、ひたすら謝ってお金を払ってくれる日本との慰安婦問題が解決してしまったら困るのです。そして、その韓国人の心の闇を、日米韓の離間を図りたい大陸と半島の共産主義勢力が利用しています。豪州でも反日活動を主導する挺隊協は北朝鮮に繋がっており、逮捕者も出しています。それを理解しない韓国人は、北朝鮮と合併すれば、北朝鮮の核兵器を共同所有でき、日本に復讐できると考えているのです。(上記の分析と考察は韓国人研究者によるものです)


AJCN代表山岡鉄秀の著作のご紹介
山岡代表はこれまで月刊正論、月刊Hanada、別冊宝島、ムック本など多くの雑誌に記事を寄稿、掲載してきましたが、今回初めて単独での著作を刊行いたしましたのでご紹介いたします。日本全国の書店で好評発売中です。






記録を事実のままに読む:慰安婦と賠償について


Cheers 2017年8月号記事


ジャン・オハーンさんのことを知っている日本人はほとんどいないと思いますが、オーストラリアではよく知られています。彼女はインドネシアのスマラン事件(個別戦争犯罪)の犠牲者の一人です。オランダからオーストラリアに帰化した後、慰安婦の一人であると主張して日本政府の公式謝罪を要求しており、オーストラリアのメディアにオーストラリア人の慰安婦として取り上げられることが多く、韓国挺身隊協議会の反日活動に協力しています。今回は歴史の事実に根差した観察の重要性について書いたAJCN山岡鉄秀代表の英文記事を日本語に翻訳したものを掲載します。


慰安婦制度は第二次大戦中に存在していました。それは性犯罪、性感染症、スパイ活動を防ぐため日本軍によって作られました。同様の制度は朝鮮戦争およびベトナム戦争中、韓国軍によって、韓国軍や国連軍の兵士のために採用、運用されていました。

慰安婦制度は日本軍が発明したものではありません。世宗(セジョン)大学の朴 裕河(パク・ユハ)教授が指摘しているように、この慰安婦制度は、当時すでに存在していた商業的売春システムを体系化したものです。朴教授は、慰安所は場所と時期により様々な形態をとっていたと強調しています。

同様に兵士たちのために働く様々な女性がいました。朴教授は、ある種の愛国心を持って働いていた日本人女性と、当時日本人であった韓国人女性と台湾人女性だけを「慰安婦」と呼ぶべきであると主張しています。これらの女性たちとは別に、一般の売春施設で相手を兵士に限定せず、性産業に携わっていた女性たちがいました。

売春業に携わっていた女性たちは社会的に弱者であり、一般的に脆弱な存在でした。その中には親に売られたり、悪質なブローカーに騙されたりした者もおり、契約のもとでお金を稼いだとしても、搾取されていた可能性があります。朴教授は、韓国の慰安婦に対する日本の責任は、慰安婦の供給源となった朝鮮半島の併合に依拠すると主張しています。
朴教授が指摘するように、この責任の認知は道徳的観点から行われるべきもので、逆に、軍隊によって街角や一般家庭から女性を軍隊によって強制連行したというストーリーは非現実的であり、日本政府は起こっていないことに対して謝罪する必要はありません。 言い換えれば、道徳的責任の認知は、実際の行為に対する後悔に基づくものでなければならず、政治的な計算に堕してはいけないということです。

おそらく、慰安婦制度の象徴的な犠牲者としてよく取り上げらえる最も有名な人物は、第二次世界大戦中にインドネシアでの悪質な戦争犯罪の被害者であるジャン・ラフ・オハーン(Ruff-O'Herne)氏です。オハーン氏のような女性は慰安婦問題に関する議論の全体像のなかで、どのように捉えられるべきでしょうか?

朴教授は、兵士にセックスを強制されたジャン・ラフ・オハーンさんのようなオランダ人女性は、慰安婦ではなく、明らかに犯罪の被害者であると述べています。 この犯罪の加害者たちは個人として処罰されました。 このことを明確にすることは重要です。なぜなら、それは、日本帝国軍に関する現在の多くの言説に反して、日本軍が慰安婦の安全を確保する立場であったからです。

オハーンさんは300年にわたりオランダが植民地として統治したインドネシアで起こった「スマラン事件」(1944年2月)と呼ばれるおぞましい犯罪の犠牲者でした。 スマラン事件では、少数の日本軍兵士と売春斡旋業者が、35人のオランダ人女性を強姦し監禁しました。

これらの兵士や売春斡旋業者は、インドネシアのジャカルタにある日本軍第16連隊を統括する部署が出していた厳格な道徳的ガイドラインを破りました。 彼らは強制的に17歳から28歳の35人の女性を、オランダ人を収容していた3つの収容キャンプから強制的に連れ去り、スマランの4つの売春宿に閉じ込めました。 兵士たちとブローカーたちは、女性たちを繰り返し強姦し、彼女たちの意志を無視して長く監禁しました。

小田島薫大佐によるオランダ人キャンプ査察中に、オランダ人収容者のリーダー(娘が拉致被害者の一人だった)が、一部の日本の陸軍将校や売春斡旋業者がキャンプからオランダ人女性を強制連行したことを訴えました。  小田島大佐は、オランダ人リーダーの報告を受けて、第16軍司令部本部に対し、拉致されたオランダ人女性全員をすぐに解放するよう命令しました。 小田島大佐はさらにスマランの4軒の売春宿の閉鎖を命じました。

11人の加害者(兵士、売春斡旋業者、売春宿の経営者)は軍法裁判にかけられました。 戦後、1948年のバタビア戦争犯罪暫定裁判所において、犯行者たちB級とC級戦争犯罪人に分類され、有罪判決を受けました。 事件の総責任者とみなされた岡田慶治陸軍少佐は処刑され、他の者は投獄されました。更に、この事件の主犯格とみられた大久保陸軍大佐は、戦後日本へ戻っていましたが、バタビア戦争犯罪臨時裁判所に訴追されるのを恐れてその前に自殺しました。

最終的には、35人中25人が、何人かの日本軍兵及び民間売春斡旋業者による強制連行、強姦の犠牲者であったことが、正式に認められました。1994年のオランダ政府報告書によると、第二次世界大戦中、およそ200から300人ぐらいのオランダ人女性がインドネシア各地にあった売春宿で働いていたとされ、そのうちの少なくとも65人は日本軍兵士たちによる強制売春の犠牲者であったと認識されています。しかし、その他の女性たちは全て、職業的娼婦でした。

この件に関しては、オランダ・日本両政府間で既に全て解決済みです。オランダ政府も正式にこれを完全解決済みと認識しています。日本政府は1995年に、アジア女性基金を設立し、総額約4億5500万円の賠償金医療福祉支援を 準備、犠牲者全てに個人的賠償を行ないました。これによって、2001年までに、全てのオランダ人犠牲者に賠償金が支払われ、日本政府の賠償事業は完了終結しました。

アジア女性基金が、政府機関ではなく、民間の基金であったという点については多々批判されています。実際には、基金は日本政府国家予算の中から供出されていましたが、戦争関連の賠償に関しては既に「1952年サンフランシスコ講和条約」施行によって完全終了していたため、政府としては民間基金の体裁を取る必要があったという単純な理由によるものです。多くの日本の民間人が先の戦争で苦労した女性たちに深く同情し、アジア女性基金に寄付を行いました。

アジア女性基金の記録によると、79人のオランダ女性たちが各々、約3百万円相当の賠償金と当時の橋本総理大臣のお詫び状を受け取りました。オハーン氏は賠償金を侮辱と捉えて、自らの意志で受け取りを拒否しました。

残念ながら、慰安婦問題の本質は本来、戦争中に苦労した女性達に対する同情・賠償・福祉にあるべきにもかかわらず、今は、その本来の意味と目的が変わってしまっています。近年においては、慰安婦問題は、東アジア及び他の国々で反日運動をしている、中国共産党と北朝鮮につながる活動家達によって政治的策略の目的で悪用されています。

朴裕河教授が提起しているように、日本政府は、過去に実際に起こった事実に関してのみ償う義務を負っています。記録によれば、日本政府はそれを何回も行っています。その一方で、共産主義者が慰安婦の歴史を政治利用しているという現実を踏まえ、彼らの政治的策略に陥ることがあってはなりません。


山岡鉄秀
AJCN代表
公益財団法人 モラロジー研究所 研究員


ビルマのミッチーナで1944年に米軍の捕虜となった慰安婦たち。(朝鮮半島出身の20名と日本人民間人2名)米国戦時情報局心理作戦班が有名なReport 49(「朝鮮人慰安婦」尋問報告書)を作成したときに撮影された。この第三者による詳細レポートは彼女たちは一般的な売春業に携わっていたと結論付けている。1944年8月14日撮影、米国国立公文書館所蔵)

ク・ユハ教授
韓国の名誉棄損裁判の1審で無罪を勝ち取った時に撮影された写真。
ソース:朝日新聞

最近のジャン・オヘルネさん〈94歳〉
アデレードの自宅前で。
ソース:ABC News