悲しくも滑稽な映画『軍艦島』にみた韓国人の心の奥


(山岡鉄秀AJCN代表IRONNA記事)


歴史プロパガンダ戦で韓国が慰安婦問題の次の弾に選んだ徴用工問題の具体的な展開である映画「軍艦島」について、AJCNの山岡代表が言論空間「IRONNA」で発表した記事を転載します。徴用工問題は、豪州における中国のスパイ網の元締めであった陳用林氏〈2005年豪州に政治亡命〉も中国のプロパガンダ戦のツールの一つであることを認めています。

8月23日、ニューヨークに降り立つや否や、件(くだん)の韓流プロパガンダ映画『軍艦島』を見ることになった。7月にはブロードウェーのビルボードで派手なプロモーションを打ち、8月4日には米国とカナダの約40カ所で封切られたので、マンハッタン界隈(かいわい)の映画館で見られるだろうという思い付きだった。ところが、ホテルのコンシェルジュに聞くと、隣のクイーンズ地区まで行かなくてはならないという。クイーンズといえば「フラッシング」という韓国人街がある。そこでも午後と夕方の2回しか上映していない。

映画『軍艦島』のパンフレット


 要するに、封切り後3週間未満でニューヨークの中心部から消えて、韓国人が多い郊外で細々と上映されている、ということだ。興業的には失敗したことがはっきりわかる。約220億ウォン(約22億円)という巨額の製作費をかけ、韓流スターを動員したトンデモ映画『軍艦島』は、本国での封切り初日こそ97万人を超える史上最多の動員を記録したが、翌週からまさかの失速をし、いまや損益分岐点に届くかも怪しいという。何が韓国人をしらけさせたのだろうか。タクシーに30分も乗ってまで見る価値があるかという思いを振り払って、これも調査と自分に言い聞かせてクイーンズ地区へ向かった。

 本稿の目的は、この映画がいかに荒唐無稽かを詳述することではなく、日本人としてこの映画から何を読み取るべきかを解説することである。『軍艦島』は徴用工がテーマであるが、慰安婦も登場し、慰安婦問題を含む全ての歴史問題に通底する韓国人の被害者ファンタジーである「恨(ハン)タジー」と、悲しいまでの自己肯定願望があふれている。その現代韓国人のメンタリティこそ日本人がしっかりと理解しなくてはならない要諦であり、それを理解せずに彼の国と外交を行えば必ず失敗する。この映画はそういう観点からこそ見るべきものである。

 それにしても、ここまで荒唐無稽になるとほとんどギャグの世界だが、史実を極端に歪曲(わいきょく)すると、エンターテインメント映画にならざるを得なかったのだろう。映画評論家のジャスティン・チャンは、米紙ロサンゼルス・タイムズの映画批評欄で「この手の歴史修正主義は映画の世界では珍しくない。歴史をばかげた復讐(ふくしゅう)ファンタジーに仕立てあげる特権はクエンティン・タランティーノだけに許されるべきではない」(筆者訳)と書いている。つまり、歴史を知らない人間の目にさえ、「歴史捏造(ねつぞう)復讐ファンタジー」であることが明らかな出来栄えだということだ。

 映画館に入る前、チケット売りが「この映画にはコメディーの要素もあるんだ」と前の客に言っていたのが聞こえたが、人気俳優のファン・ジョンミンとキム・スアンが親子役で登場してその意味がわかった。娘を愛するジャズ楽団団長の父親と、楽団の歌手で小学生の娘がコミカルな人情劇を演じる。ふたりが連絡船で端島(軍艦島)に着くなり、軍人らが乗り込んできて、警棒で乗客を殴りつけて連行していく。ファン演じるイ・カンオクは「やめてください、やめてください」と日本語で懇願する。ばかげたシーンである。労働者を痛めつけてどうするのか。要は、端島の炭鉱で働く朝鮮人は全員が強制連行の被害者だったという印象操作がなされているわけだ。
実際には、国家総動員法に基づく国民徴用令が朝鮮半島で適用されたのが1944年9月だが、制海権を失ったことから、45年3月までの7カ月間しか朝鮮人を移送できなかった。それ以前は一般公募による出稼ぎと官斡旋だった。戦争で日本国内は極度の労働力不足に陥っていたので、朝鮮半島で支度金を払って、家族単位での出稼ぎが募集された。だから端島には女性も子供もいた。

かつて三菱の私有地だった長崎市の端島炭坑(通称・軍艦島)。建物の劣化が進む


 映画のクライマックスでは、敗戦が近いことを悟った日本人経営者が、奴隷労働の証拠隠滅のために、朝鮮人全員を坑道に閉じ込めて殺害することを画策。察知した朝鮮人が武装蜂起し、激しい銃撃戦の果てに船を強奪して逃亡する。船上で、被弾して負傷したイ・カンオクが、武装蜂起をリードした工作員のパク・ムヨン(ソン・ジュンギ)に「俺の娘に好物のそばを食べさせてくれ」と頼んで息を引き取る。お涙頂戴のシーンだが、実際には終戦後、炭鉱を所有していた三菱が船を用意してみんな平和に帰国したのである。

 さすがにここまでの捏造は、いくら韓国人でも見ていて恥ずかしいだろう。しかし、もうひとつ韓国人がエンタメと割り切れない要素がこの映画にはある。悪役の朝鮮人がたくさん登場するのである。朝鮮人の悪人とは、日本人に協力する裏切り者で「親日派」と呼ばれる。日本人経営者にへつらって朝鮮人を弾圧する朝鮮人労務係が登場し、朝鮮人慰安婦を虐待する朝鮮人の女衒(ぜげん)が言及され、そして極め付きは、端島の朝鮮人に「先生」と崇拝される独立運動家のイ・ハクチュンの裏切りだ。尹は朝鮮人を代表して会社と交渉するふりをしながら、ひそかに会社側と通じており、朝鮮人労働者の給与や死亡補償金をピンハネしていた。揚げ句の果てには、朝鮮人全員を証拠隠滅のために坑道に生き埋めにして抹殺する会社の計画に加担し、朝鮮人を坑道に誘導しようとする。それを見破った工作員の朴に朝鮮人群衆の面前でのどをかっ切られて絶命する。

 なんという後味の悪さであろうか。朝鮮人の敵は朝鮮人だったのだ。これでは韓国人が単純にエンタメと割り切れないのも無理はない。日本人だけを悪役にしないのは、韓国人の自己反省の表れであろうか。いや、そうではない。韓国人の強引な自己肯定のためには、悪役は日本人だけでは足りないのだ。実はこれは、文在寅(ムン・ジェイン)大統領をはじめとする現在の韓国人が信奉する歴史観の表れなのだ。それはこういうことだ。


・韓国は平和で健全な独立国だった
・それを、大日本帝国が強引に合併し、独立を奪った
・親日派の裏切り者朝鮮人が虎の威を借る狐のように同胞を搾取した
・日本による併合がなければ、韓国は自力で近代化を成し遂げ、もっと発展していた
・親日派は戦後、親米派となって搾取を続けた売国奴だ
・だから韓国が真っ先にすべきことは親日派の排除だ
・韓国は無実の被害者であり、日本の悪事を世界に知らしめて、民族の栄光を取り戻す必要がある
・韓国の独立は、自ら日本を追い出して勝ち取った
 
どうしてもこのように信じたいのである。そのためには、史実を歪曲せざるを得ない。
事実とかけ離れているからだ。
周知のとおり、朝鮮半島は極めて長きにわたって中国歴代王朝の属国だったが、日清戦争に勝利した日本が下関条約により朝鮮を独立させた。しかし、財政的に自立できず、結局日本に併合された。日本国内では併合反対論も強かった。日本は朝鮮半島を内地化し、膨大な投資をして近代化した。非常に多くの朝鮮人男性が大日本帝国陸軍に志願した。日本が敗戦しても、朝鮮総督府は機能を続けて米軍に引き継がれた。独立運動は存在し、上海に「大韓民国臨時政府」なるものが設立され、「光復軍」なる軍事組織も作られたが、内紛が絶えず、いかなる国からも承認されなかった。

 したがって、韓国人は自らの手で独立を勝ち取ったことは一度もない。独立させてもらったが、自力で維持すらできなかったのが現実だ。彼らが「親日派」「親米派」として敵視する世代の人々は、その時代の官僚や軍人など、社会を支えた功労者である。彼らを憎んだところで意味がない。これは韓国人の知人の言葉だが、採用試験に受かったら売国奴で、落ちたら愛国者だとでもいうのだろうか。それとは別に、朝鮮人の女衒たちが朝鮮人婦女子を売り飛ばして稼いでいた。それは今も同じだ。その現実を直視することなく、前述のように強引に自己肯定しようと国を挙げて必死にもがいている。

 その「恨タジー・歴史修正主義」の象徴が「慰安婦」であり、「徴用工」であり、そのメンタリティの結晶がプロパガンダ映画『軍艦島』なのだ。韓国人の妄想を凝縮した『軍艦島』は大ヒットするはずだったが、図らずもそのいびつさゆえに失速した。『軍艦島』とはそのように悲しくも滑稽な映画なのである。「本当にあのように戦えたらどんなによかっただろう!」と多くの韓国人が心の奥で思っているのだ。

 もっとも、このトンデモプロパガンダ映画にも、たったひとつ真実が含まれていることを追記しておくべきだろう。朝鮮人は実際のところ、いざとなったら映画のラストシーンのように、死を賭して戦う覚悟はあった。

 終戦間際の1945年4月、捕虜になった朝鮮人のうち、信頼に足るとみなされた3人が米軍によって尋問された。尋問内容は慰安婦に関してだった。
(Composite report on three Korean navy civilians, List no.78)

「朝鮮人は一般的に、日本軍による朝鮮人女性の売春業への採用を知っていたか? 平均的な朝鮮人のこの制度に対する態度はどのようなものであったか? この制度を原因とする混乱や摩擦を知っているか?」(筆者訳)という質問に対し、朝鮮人捕虜は以下のように答えた。

「太平洋地域で会った朝鮮人娼婦は、みんな自発的な売春婦か、両親に売られて売春婦になっていた。これは朝鮮の考え方ではまともなことだった。もし、日本人が女たちを直接徴用したら、老いも若きも絶対に許容しなかっただろう。男たちは怒りに燃え、いかなる報復を受けようとも日本人を殺していただろう」(筆者訳)
2017年8月16日、ソウルの日本大使館前で慰安婦像を囲みながら開かれた抗議集会


 このことからわかるように、徴用工であれ、慰安婦であれ、日本人によって強引で悪辣(あくらつ)なことがなされれば、朝鮮人は『軍艦島』のラストシーンのように戦う意思があったのだろう。それだけは真実といってもよいのだろう。そして、そのような暴動は起きなかった。その必要がなかったからである。炭鉱労働は日本人にとっても朝鮮人にとっても過酷であった。しかし、朝鮮人は平和裏に故郷へ帰り、戦後補償問題は政府間で解決された。

 韓国人はいい加減に「恨タジー」に逃げ込むのをやめて、歴史を直視しなくてはならない。さもなければ、痩せこけた徴用工像も、幼年慰安婦像も、欺瞞(ぎまん)の象徴であり続けることになるだろう。映画『軍艦島』の失敗がそのことを示唆している。




日本人が知らない歴史に見る日本人集団虐殺事件


Cheers 2017年 10月号記事


今日本で「歴史戦」という言葉がしきりに使われています。戦争は情報戦から始まります。ここでいう情報戦とは歴史問題を自国のポジションを優位に導くためのプロパガンダの材料として使うことです。具体的には、突如靖国神社参拝が非難されるや、南京事件、慰安婦問題が繰り出され、次のカードとして徴用工問題、朝鮮人関東大震災虐殺などが俎上にあがっています。

なぜこのような歴史的事件の掘り起こしが次々と行われるようになったのか。その鍵は元シドニー中国総領事館の外交官で、2005年にオーストラリアに政治亡命した陳用林氏の言葉にあります。陳氏はもと中国外交官として、オーストラリアで活動中の中国スパイ、1,000人以上を統括し、主な任務は法輪功信者の監視と弾圧でした。反中分子の拉致、本国送還にも関与、自らの非道な仕事に嫌気がさして、家族と豪州政府に政治亡命し、豪州議会、NZ議会、米国議会で自らのスパイ行為について証言し、からくも中国政府の手から逃がれています。彼は亡命当初から自宅を中国エージェントに監視され、尾行が常についていたと語っていました。今は反共産党活動を展開する中国人グループの広報担当としてメディアにも取り上げられています。彼はこう語りました。

「中国共産党の日本に対する一貫した戦略は、日本が独り立ちして自分の意見を言わせないよう、中国に対して謝らせ続け、悪いことをしたと罪悪感を持たせ続けることである。」
「それは例えば南京事件、慰安婦問題、靖国神社参拝問題などですか?」と問われると、それを否定せず、「外交カードとして使えるものは何でも使う、それが共産党のやり方だ。」と答えました。もちろん、日本を悪魔化することで、日米、日豪関係を分断し、日本を孤立させ、日米安保を無効化しようという意図もあります。慰安婦問題に北朝鮮が絡んでいるのはそのためです。

今は反共産党活動で熱弁をふるう陳用林氏












その一方で、ソ連、満州、中国、朝鮮半島で、多くの日本人居留民が虐殺された事件は歴史の授業で教えられることもなく、忘れられてきました。

たとえば、1937年7月29日に北京近くの通州で200人以上の日本人居留民が中国軍兵士によって虐殺された通州事件は、その酸鼻を極めた拷問、強姦、虐殺の仕方で歴史家の間では有名な虐殺事件です。その殺し方は日本人の及びもつかない凄惨なもので、目の球をくりぬく、頭を断ち切る、腹を裂いて内臓を引き出す、蜂の巣のように銃剣で突き刺す、首を縄で縛り、両手を合わせて鉄線を貫く、子供を逆さまにして頭を叩きつけて殺害、子供や女性の鼻に針金を通し、牛を引っ張るように引っ張っていく、そのうえで子女の多くが陵辱され殺されました。

これら、日本人が知らない歴史上の日本人虐殺事件を振り返ってみましょう。


1.通州事件
通州事件(つうしゅうじけん)とは、日中戦争(支那事変・北支事変)の初期、盧溝橋事件3週間後の1937年7月29日に中国陥落区の通州(現:北京市通州区)において冀東(きとう)府保安隊(中国人部隊)が、日本軍の通州守備隊・通州特務機関及び日本人居留民を襲撃・殺害した事件です。通州守備隊は包囲下に置かれ、通州特務機関は壊滅し、200人以上におよぶ猟奇的な殺害、処刑が中国人部隊により行われました。通州虐殺事件とも呼ばれているほどの残虐な集団虐殺事件です。通州の日本軍守備隊は、主力が南苑攻撃に向かっていたため留守部隊であり、総勢110名程度でした。攻撃側人数は3,000人 – 4,000人、死亡者は通州在留日本人・朝鮮人385名のうち223名、内訳は日本人117人、朝鮮人106人。事件の翌日(7月30日)、日本軍が通州に向かっている知らせを聞いた主犯の中国人学生たちと保安隊員は即座に逃亡を開始し、日本軍到着時にはすでに保安隊員と学生の姿はありませんでした。
後世南京事件に中国がすり替えたとも言われているこの通州事件、日本人も知っておくべき歴史的事件です。今チベットで起こっている国民の1/4にも及ぶチベット人の虐殺はこの通州事件の拡大版です

当時の事件を伝える新聞記事。
 
被害者の写真


2.済南事件
済南事件(さいなんじけん中国では五・三惨案)とは1928年(昭和3年)5月3日午前9時半頃、中国山東省の済南における、国民革命軍(南軍)による日本人襲撃事件です。日本人の被害は死亡者12名(のちの通州事件と似通った凄惨な殺され方。そのほか400名の重軽傷者が出ました。すべて暴行、強姦、略奪の結果です。世界大恐慌直前、1927年ごろは他国列強と同様、多くの日本人がビジネスのために大陸に渡りました。彼ら居留民を保護するため軍人も駐屯していました。1928年5月3日、満州日報の取次店が国民党軍(実際には共産党のシンパも紛れ込んでいました)により、襲撃、略奪されました。駆け付けた日本人巡査たちも多勢に無勢で暴行を受け、日本陸軍が駆け付けましたが、国民党軍は兵舎に遁走し、そこから銃撃し始めました。日本軍が応戦する中、今度は市中で国民党軍が乱射、略奪、暴行を始めました。ここで蒋介石が日本側に安全の保障をしたふりをしたので、日本側はバリケードを撤去したところ中国側が攻撃、惨劇が始まりました。陰部に棒を突っ込まれた女性の写真は足袋を履いているためそのままでは日本人とわかるのでイラスト化され、中国の歴史教科書に日本人の蛮行ということで掲載されています。また関係のない731部隊蝋人形館ではこのシーンが日本人の暴虐なシーンとして再現されています。中国流プロパガンダの極みともいえる例です。

実際の犠牲者の検死写真 東条きんさん(女性・24歳) 両腕を帯で後手に縛られて顔面、胸部、乳房に刺創。助骨折損。陰部に棒をさしこまれていた。

中国系アメリカ人女史アイリス・チャンの著書「レイプ・オブ・ナンキン」の写真


中国の歴史教科書(翻訳版)

中国731部隊記念館 「中国人に虐殺された日本人」が中国人被害者にすり替えられる













3.その他にもある海外における日本人集団虐殺事件
ここでは詳しく述べませんが知られている日本人襲撃事件を列挙してみます。

1)通化事件(つうかじけん)とは、1946年2月3日に中国共産党に占領されたかつての満州国通化省通化市で中華民国政府の要請に呼応した日本人の蜂起と、その鎮圧後に行われた中国共産党軍(八路軍)および朝鮮人民義勇軍南満支隊による日本人及び朝鮮人に対する虐殺事件。日本人約3000人が虐殺され、その多くが老若男女を問わない一般市民だった。

2)敦化事件(とんかじけん)とは1945年8月27日に満洲国吉林省敦化(現吉林省延辺朝鮮族自治州敦化市)でソ連軍によって連日に渡り集団強姦され続けていた日満パルプ製造(王子製紙子会社)敦化工場の女性社員や家族が集団自決した事件。

3)真岡郵便電信局事件(まおかゆうびんでんしんきょくじけん)とは、太平洋戦争末期の樺太の戦いで、真岡郵便局の電話交換手が集団自決した事件である。当時日本領だった樺太では、ソ連軍と日本軍の戦闘が、1945年8月15日の玉音放送後も続いていた。真岡郵便局の電話交換手(当時の郵便局では電信電話も管轄していた)は、疎開(引き揚げ)をせずに業務中だった。8月20日に真岡にソ連軍が上陸すると、勤務中の女性電話交換手12名のうち10名が局内で自決を図り、9名が死亡した。真岡郵便局事件、また北のひめゆり(事件)とも呼ばれる。
自決した電話交換手以外に残留していた局員や、当日勤務に就いていなかった職員からも、ソ連兵による爆殺、射殺による死者が出ており、真岡局の殉職者は19人にのぼる。

4)葛根廟事件(かっこんびょうじけん)は、1945年8月14日、満州国興安総省の葛根廟(現在の中華人民共和国内モンゴル自治区ヒンガン(興安)盟ホルチン右翼前旗葛根廟鎮)において日本人避難民約千数百人(9割以上が婦女子)が攻撃され、1,000名以上が虐殺された事件。引揚者の回想録によると、ソ連軍の攻撃で、避難民1,000名以上が虐殺されたと主張される。

5)尼港事件(にこうじけん)は、ロシア内戦中の1920年(大正9年)3月から5月にかけてアムール川の河口にあるニコラエフスク(尼港、現在のニコラエフスク・ナ・アムーレ)で発生した、赤軍パルチザンによる大規模な住民虐殺事件。港が冬期に氷結して交通が遮断され孤立した状況のニコラエフスクをパルチザン部隊4,300名(ロシア人3,000名、朝鮮人1,000名、中国人300名)が占領し、ニコラエフスク住民に対する略奪・処刑を行うとともに日本軍守備隊に武器引渡を要求し、これに対して決起した日本軍守備隊を中国海軍と共同で殲滅すると、老若男女の別なく数千人の市民を虐殺した。殺された住人は総人口のおよそ半分、6,000名を超えるともいわれ、日本人居留民、日本領事一家、駐留日本軍守備隊を含んでいたため、国際的批判を浴びた。日本人犠牲者の総数は判明しているだけで731名にのぼり、ほぼ皆殺しにされた。建築物はことごとく破壊されニコラエフスクは廃墟となった。

歴史にはこのような「学校で絶対に習わない」側面があることも忘れてはならないでしょう。




慰安婦像設置1周年行事に見る慰安婦像問題の本質


反日韓国人グループがユナイティング・チャーチ(アッシュフィールド)の教会建物裏、プライベートパーキングの奥に韓国挺身隊問題対策協議会から譲り受けた一体の慰安婦像を仮置きしてから1年が過ぎました。反日韓国人グループ、Friends of Comfort Women in Australia(FCWA)は1周年を記念し、この教会で8月5日(土)にイベントを行いました。イベントは雑貨、食品類を売るフェイト(バザー)、教会内での短編映画上映、コンサート、1周年記念行事(来賓の挨拶、支援者のビデオレター紹介など)で構成されていました。主催はシドニー平和の少女像実践推進委員会(責任者共同代表;Vivian Pak氏)、主管は 社団法人オーストラリア韓国教育文化センター(KCC)となっています。メンバーの多くはシドニー韓人会所属のメンバーでもあります。
下はストラスフィールドやアッシュフィールド市内に貼られたポスターです。


 
来賓として教会のBill Crew牧師、労働党のJody Mackay 州議会議員、StrathfieldのAndrew Soulos市長、Strathfield Council の General Manager Henry Wong氏らが来席、アボリジナル問題関係者、Bill Crews牧師、 Jody Mackay州議がスピーチを行い、韓国から送られた挺対協のユン・ミヒャン代表とこの慰安婦像のスポンサーの一人であるイ・ジェミョン城南市長の2つのビデオメッセージが披露されました。(韓国語、英語字幕)。
最後に今回のイベントの責任者であるVivian Pak氏が像を表通り(Liverpool Street)側に移設したいと気勢を上げました。


韓国人司会者が語った20万人の性奴隷となった韓国人女性を鎮魂する慰安婦像、Jody Mackay州議が語った全女性の象徴でもある慰安婦像、ビル牧師が語った戦争犯罪の被害者の女性を悼む慰安婦像、どの発言もが女性の人権、戦争時の弱者、犠牲となりやすい女性を悼む人道主義的なものばかりです。
一方、周辺市民の郵便箱に配られたチラシには”Dignity and Justice to the Victims of Military Slavery by Japan”と一方的な政治的言辞が書き込まれています。


当日のバザーの会場には明らかに政治的な日本政府に賠償を求めるバナー“Japan must take the legal responsibility to the victims of Japanese sexual slavery.”が掲示されており、このイベントを主催した反日グループの本音が露わになっています。教会がこのような主張をする反日グループに場所を提供していることは、教会がこの極めて政治的な主張をサポートしていることになります。


また日本兵を悪役に仕立てた漫画も掲示し事実の認識より感情に訴える手法を使っています。


なぜこれら一部の韓国人グループは世界中で慰安婦像を建てて回っているのでしょうか。コミュニティのハーモニーを守る戦いを続けてきたAJCNのメンバーたちもその執念、執着の強さには驚くばかりです。それを理解する一つの鍵が、前韓人会会長、現反日中韓グループKACA(the Korean Committee of United Austral Korean-Chinese Alliance)の会長であるLuke Song氏が、ストラスフィールド市公用地への慰安婦像設置運動を率いていた時に、韓人会のサイトに書き込んでいたパブリック・コメントにあります。
彼は2015年7月10日にこう書きこみました。
「この土地にも住む、日本人に我々は二度と敗れはしない。日本軍国主義の復活を夢見る安倍晋三に連なる、反省しない日本人を撃破し、女性の人権侵害の歴史に終止符を打つ。慰安婦として働いた、20万人の哀れなうら若き女性たちの涙をぬぐい去るのだ。」
続いて7月18日には
「韓国の歴史は惨めだった。常に諸外国の侵略を受けたが、我々は抗する力もなく、団結もできなかった。この惨めな歴史ゆえに、我々は敵(日本人)を降伏させ、謝罪させるために戦う。そして新しい、力強い、何万年も続く歴史が始まるのだ。」
Luke氏はビル牧師に直接会って慰安婦像の受け入れについて折衝しました。
韓国人グループの慰安婦問題に対するこだわりを理解するにはその歴史に対する理解が必要です。

朝鮮半島屈辱の歴史
そもそも、なぜ韓国人は吉田清治の荒唐無稽な慰安婦強制連行話を真に受けて信じ込んだのでしょうか。それは朝鮮半島にこそ、強制連行と性奴隷の長い歴史があるからです。朝鮮半島の諸王朝はずっと中国歴代王朝とは朝貢義務のある属国関係にあり、度々、大勢の若い女性を貢物として差し出していました。それらの女性たちをどうやって集めていたか?その目的で王朝に任ぜられた役職が存在したのです。

採紅使(チェホンサ)と採緑使(チェロクサ)又は採青使(チェチョンサ)という役職がありました。採紅使(チェホンサ)は若い人妻を集める役職で、採緑使(チェロクサ)は処女を集める役職でした。王朝の命令で、文字通り半島中から若い人妻や処女を拉致して集めていました。当時はバスも汽車もなかったので、こうして集められた女性たちは、それこそ数珠つなぎになって連行され、王族・貴族の慰め者になったり、道をとぼとぼと歩いて貢物として中国の王朝に届けられたりしました。それらの女性たちが数年後に帰国できた場合に行くのが弘済院(ホンジュイワン)という役所で、そこでタライに入った水で股間を洗うと、「法的に処女に戻った」と証明する判子がもらえました。しかし、それらの女性は還郷女(ファラングヨン)という女性を侮辱する最悪の言葉でさげすまれ、裏社会に追いやられ、キーセンになったり、下女として働いたり、誰かの妾になったり、所有物になって生きるしかありませんでした。
朝鮮王朝での王位継承も年号制定も大国と称された中国の承認が必要でした。朝鮮は原則的に朝貢貿易以外の交易が禁止されており、貨幣鋳造もできなく、金銀採掘も禁止されていました。そして、訓民正音でハングル文字が制定されるまで、漢字文書以外には文書がありませんでした。ハングルは朝鮮総督府が“朝鮮語学会”を組織し、整理・体系化しました。中国と朝鮮の関係は江戸幕府と諸藩との関係以上に過酷だったのです。 

日本の統治はたったの36年間でした。インドはイギリスに90年間、インドネシアはオランダに150年間、ベトナムはフランスに65年間植民地支配された歴史があり、台湾は50年間日本の総督府統治下にありました。朝鮮は中国との主従関係において、そのように悲惨な歴史的事実があるので、現代の韓国人は、36年間朝鮮を統治した日本人も同じ圧政をやったに違いない、と思ってしまうわけです。自分たちが自民族にやって来たことを、他民族の日本人がやらないわけがないとの先入観があるのです。日本人はその朝鮮の暗い歴史の事実を知らねばなりません。若い婦女子を拉致して性奴隷にする、それはまさに朝鮮の伝統でした。

Luke氏の文章は、永遠に恨みと鬱憤をぶつけられる相手を探しているかのように見えます。あまりにも悲惨な歴史を背負う彼らは、慰安婦像建設のような鬱憤を晴らす機会にしがみ付かざるを得ず、冷徹な事実関係には興味がないのです。本来であれば日本人に歴史に関する全ての恨みをぶつけるより、本当に彼らを蹂躙した中国人にその鬱憤をぶつけるべきでしょうが、中国に逆らえば、あっという間に粉砕されてしまいます。なので、ひたすら謝ってお金を払ってくれる日本との慰安婦問題が解決してしまったら困るのです。そして、その韓国人の心の闇を、日米韓の離間を図りたい大陸と半島の共産主義勢力が利用しています。豪州でも反日活動を主導する挺隊協は北朝鮮に繋がっており、逮捕者も出しています。それを理解しない韓国人は、北朝鮮と合併すれば、北朝鮮の核兵器を共同所有でき、日本に復讐できると考えているのです。(上記の分析と考察は韓国人研究者によるものです)


AJCN代表山岡鉄秀の著作のご紹介
山岡代表はこれまで月刊正論、月刊Hanada、別冊宝島、ムック本など多くの雑誌に記事を寄稿、掲載してきましたが、今回初めて単独での著作を刊行いたしましたのでご紹介いたします。日本全国の書店で好評発売中です。






記録を事実のままに読む:慰安婦と賠償について


Cheers 2017年8月号記事


ジャン・オハーンさんのことを知っている日本人はほとんどいないと思いますが、オーストラリアではよく知られています。彼女はインドネシアのスマラン事件(個別戦争犯罪)の犠牲者の一人です。オランダからオーストラリアに帰化した後、慰安婦の一人であると主張して日本政府の公式謝罪を要求しており、オーストラリアのメディアにオーストラリア人の慰安婦として取り上げられることが多く、韓国挺身隊協議会の反日活動に協力しています。今回は歴史の事実に根差した観察の重要性について書いたAJCN山岡鉄秀代表の英文記事を日本語に翻訳したものを掲載します。


慰安婦制度は第二次大戦中に存在していました。それは性犯罪、性感染症、スパイ活動を防ぐため日本軍によって作られました。同様の制度は朝鮮戦争およびベトナム戦争中、韓国軍によって、韓国軍や国連軍の兵士のために採用、運用されていました。

慰安婦制度は日本軍が発明したものではありません。世宗(セジョン)大学の朴 裕河(パク・ユハ)教授が指摘しているように、この慰安婦制度は、当時すでに存在していた商業的売春システムを体系化したものです。朴教授は、慰安所は場所と時期により様々な形態をとっていたと強調しています。

同様に兵士たちのために働く様々な女性がいました。朴教授は、ある種の愛国心を持って働いていた日本人女性と、当時日本人であった韓国人女性と台湾人女性だけを「慰安婦」と呼ぶべきであると主張しています。これらの女性たちとは別に、一般の売春施設で相手を兵士に限定せず、性産業に携わっていた女性たちがいました。

売春業に携わっていた女性たちは社会的に弱者であり、一般的に脆弱な存在でした。その中には親に売られたり、悪質なブローカーに騙されたりした者もおり、契約のもとでお金を稼いだとしても、搾取されていた可能性があります。朴教授は、韓国の慰安婦に対する日本の責任は、慰安婦の供給源となった朝鮮半島の併合に依拠すると主張しています。
朴教授が指摘するように、この責任の認知は道徳的観点から行われるべきもので、逆に、軍隊によって街角や一般家庭から女性を軍隊によって強制連行したというストーリーは非現実的であり、日本政府は起こっていないことに対して謝罪する必要はありません。 言い換えれば、道徳的責任の認知は、実際の行為に対する後悔に基づくものでなければならず、政治的な計算に堕してはいけないということです。

おそらく、慰安婦制度の象徴的な犠牲者としてよく取り上げらえる最も有名な人物は、第二次世界大戦中にインドネシアでの悪質な戦争犯罪の被害者であるジャン・ラフ・オハーン(Ruff-O'Herne)氏です。オハーン氏のような女性は慰安婦問題に関する議論の全体像のなかで、どのように捉えられるべきでしょうか?

朴教授は、兵士にセックスを強制されたジャン・ラフ・オハーンさんのようなオランダ人女性は、慰安婦ではなく、明らかに犯罪の被害者であると述べています。 この犯罪の加害者たちは個人として処罰されました。 このことを明確にすることは重要です。なぜなら、それは、日本帝国軍に関する現在の多くの言説に反して、日本軍が慰安婦の安全を確保する立場であったからです。

オハーンさんは300年にわたりオランダが植民地として統治したインドネシアで起こった「スマラン事件」(1944年2月)と呼ばれるおぞましい犯罪の犠牲者でした。 スマラン事件では、少数の日本軍兵士と売春斡旋業者が、35人のオランダ人女性を強姦し監禁しました。

これらの兵士や売春斡旋業者は、インドネシアのジャカルタにある日本軍第16連隊を統括する部署が出していた厳格な道徳的ガイドラインを破りました。 彼らは強制的に17歳から28歳の35人の女性を、オランダ人を収容していた3つの収容キャンプから強制的に連れ去り、スマランの4つの売春宿に閉じ込めました。 兵士たちとブローカーたちは、女性たちを繰り返し強姦し、彼女たちの意志を無視して長く監禁しました。

小田島薫大佐によるオランダ人キャンプ査察中に、オランダ人収容者のリーダー(娘が拉致被害者の一人だった)が、一部の日本の陸軍将校や売春斡旋業者がキャンプからオランダ人女性を強制連行したことを訴えました。  小田島大佐は、オランダ人リーダーの報告を受けて、第16軍司令部本部に対し、拉致されたオランダ人女性全員をすぐに解放するよう命令しました。 小田島大佐はさらにスマランの4軒の売春宿の閉鎖を命じました。

11人の加害者(兵士、売春斡旋業者、売春宿の経営者)は軍法裁判にかけられました。 戦後、1948年のバタビア戦争犯罪暫定裁判所において、犯行者たちB級とC級戦争犯罪人に分類され、有罪判決を受けました。 事件の総責任者とみなされた岡田慶治陸軍少佐は処刑され、他の者は投獄されました。更に、この事件の主犯格とみられた大久保陸軍大佐は、戦後日本へ戻っていましたが、バタビア戦争犯罪臨時裁判所に訴追されるのを恐れてその前に自殺しました。

最終的には、35人中25人が、何人かの日本軍兵及び民間売春斡旋業者による強制連行、強姦の犠牲者であったことが、正式に認められました。1994年のオランダ政府報告書によると、第二次世界大戦中、およそ200から300人ぐらいのオランダ人女性がインドネシア各地にあった売春宿で働いていたとされ、そのうちの少なくとも65人は日本軍兵士たちによる強制売春の犠牲者であったと認識されています。しかし、その他の女性たちは全て、職業的娼婦でした。

この件に関しては、オランダ・日本両政府間で既に全て解決済みです。オランダ政府も正式にこれを完全解決済みと認識しています。日本政府は1995年に、アジア女性基金を設立し、総額約4億5500万円の賠償金医療福祉支援を 準備、犠牲者全てに個人的賠償を行ないました。これによって、2001年までに、全てのオランダ人犠牲者に賠償金が支払われ、日本政府の賠償事業は完了終結しました。

アジア女性基金が、政府機関ではなく、民間の基金であったという点については多々批判されています。実際には、基金は日本政府国家予算の中から供出されていましたが、戦争関連の賠償に関しては既に「1952年サンフランシスコ講和条約」施行によって完全終了していたため、政府としては民間基金の体裁を取る必要があったという単純な理由によるものです。多くの日本の民間人が先の戦争で苦労した女性たちに深く同情し、アジア女性基金に寄付を行いました。

アジア女性基金の記録によると、79人のオランダ女性たちが各々、約3百万円相当の賠償金と当時の橋本総理大臣のお詫び状を受け取りました。オハーン氏は賠償金を侮辱と捉えて、自らの意志で受け取りを拒否しました。

残念ながら、慰安婦問題の本質は本来、戦争中に苦労した女性達に対する同情・賠償・福祉にあるべきにもかかわらず、今は、その本来の意味と目的が変わってしまっています。近年においては、慰安婦問題は、東アジア及び他の国々で反日運動をしている、中国共産党と北朝鮮につながる活動家達によって政治的策略の目的で悪用されています。

朴裕河教授が提起しているように、日本政府は、過去に実際に起こった事実に関してのみ償う義務を負っています。記録によれば、日本政府はそれを何回も行っています。その一方で、共産主義者が慰安婦の歴史を政治利用しているという現実を踏まえ、彼らの政治的策略に陥ることがあってはなりません。


山岡鉄秀
AJCN代表
公益財団法人 モラロジー研究所 研究員


ビルマのミッチーナで1944年に米軍の捕虜となった慰安婦たち。(朝鮮半島出身の20名と日本人民間人2名)米国戦時情報局心理作戦班が有名なReport 49(「朝鮮人慰安婦」尋問報告書)を作成したときに撮影された。この第三者による詳細レポートは彼女たちは一般的な売春業に携わっていたと結論付けている。1944年8月14日撮影、米国国立公文書館所蔵)

ク・ユハ教授
韓国の名誉棄損裁判の1審で無罪を勝ち取った時に撮影された写真。
ソース:朝日新聞

最近のジャン・オヘルネさん〈94歳〉
アデレードの自宅前で。
ソース:ABC News




寄付をしていただく際のお願い


2017年8月

多くの方がAJCNの活動に対し賛同、サポートのためご寄付をいただいていることに対し深く感謝いたします。ご寄付いただく際に事務局からお願いがあります。

感謝の気持ちを込めてご寄付いただいた方々全員に、AJCNシドニーの事務局からオーストラリアのポストカードをお送りしています。
住所、氏名の情報がありませんとお送りできませんので、お知らせいただきたくお願いいたします。


AJCN 事務局長 江川 純世




意見陳述書


平成29年6月2日 江川 純世


私は豪州、ニュー・サウス・ウエールズ州のNGO組織、Australia-Japan Community Network
Incorporated (通称AJCN)の事務局長の江川純世と申します。

朝日新聞の誤報、捏造記事がどのように海外のメディア報道に影響を与えたかは、以下の経過から明らかであります。朝日新聞が組織した第三者委員会、その後の独立検証委員会の分析、報告、それから2016年(平成28年)2月16日の国連女子差別撤廃委員会において、外務省杉山審議官が、「朝日新聞社がこれ(慰安婦強制連行)を事実として大きく報道し、日本、韓国の世論のみならず、国際社会にも大きな影響を与えたことによって生じた誤解だ」と述べるにいたりました。 また、慰安婦20万人という数字も具体的な裏付けがない数字です。

朝日新聞は2014年(平成26年)8月5日付けの記事で、女子挺身隊とは戦時下の日本内地や旧植民地の朝鮮、台湾で女性を労働力として動員するために組織された『女子勤労挺身隊』を指す、目的は、労働力の利用であり、将兵の性の相手をさせられた慰安婦とは別だ、としたうえで、20万人との数字の基になったのは、通常の戦時労働に動員された女子挺身隊と、慰安婦を誤っての混同にあると自ら認めています。朝日はその前から韓国国内でこの混同がされていたと強弁していますが、流言飛語、噂が横行する韓国の新聞紙面に責任の一端を負わせるのは無責任というものです。自社発刊のアサヒグラフには挺身隊の活動が写真入りで詳細に報道されており、朝日の記者が取り違えていたなどという言い訳は悪質な責任回避です。海外メディアは慰安婦問題が日韓の敏感な問題であるととらえており、日本のクオリティー・ぺーパーの一つとして認知されていた朝日新聞の英語版は海外メディア、および韓国メディア(朝日日本語版も大きな影響力を持つ)に対し絶大な影響力を持っていました。以上から朝日新聞の誤報、捏造記事が世界のメディアに大きな影響を与えたことは、客観的事実として認知されていると考えます。

私の意見陳述では、海外及び豪州内ローカルメディアが、AJCNが活動を始めた2014年4月以降、朝日の虚偽報道の3点セット「1.強制連行/性奴隷、2.20万人、3.主に慰安婦は朝鮮半島の女性」を下敷きにどのように報道したか、それが私とAJCNの活動に具体的にどう影響したか、を論ずることといたします。次に、慰安婦像設置を阻止するため反対運動を展開する中で遭遇した豪州の各種組織、個人の発言に朝日の3点セットがいかに浸透・影響していたかについて述べ、最後にそれが、豪州のコミュニティや日系人に対するいじめ、差別、いやがらせ、脅迫、監視、バンダリズム(暴力事件)に繋がった具体例を示し述べます。

1.2014年(平成26年)以降の慰安婦問題関連のイベントと海外メディアの報道分析
を添付資料1、2および3にまとめました。
日韓合意後、グローバルに海外メディアに最も注目されたイベントは釜山総領事館前に慰安婦像が設置されたことに対する日本政府の対抗措置で、AJCNで17の記事を分析した結果、朝日の誤報3点セットの浸透、定着が確認されました。1、2、3のすべてが含まれていたのが10記事、1、2が含まれていたのが1記事、1、3が含まれていたのが 2記事、1だけが4記事でした。
朝日の英語版記事で定型化され、拡散されている1の強制連行/性奴隷はすべての記事に記載されています。3点セット以外の要素の報道がほとんどされていないことは朝日の記事の影響力の大きさを示しています。
                                     
2.朝日英語版記事の記述方式についての分析と手法の変遷
1)記事共通の骨格となる表現について
豪州に住む英語話者(Native English Speaker)307名にアンケートを取り、英語の骨格となる表記 “Women, many of them from the Korean Peninsula, who were forced to provide sex to Japanese soldiers before and during World War II.” を彼らがどう解釈するかを調査しました。その結果を添付資料4に、アンケート用紙を添付資料5として提出します。結果は「女性は強制連行され、性奴隷として扱われたと解釈する」が301名(98%)、狭義の強制性、広義の強制性どちらともとれるが6名(2%)、広義の強制性と解釈できるはゼロでした。つまり朝日が今、慰安婦を説明するとして必ず挿入している文章を英語話者が読むと、女性が強制連行され、性奴隷の扱いを受けたと解釈するということであり、朝日が主張する広義の強制性などとはだれも受け取りません。朝日は国内では撤回、捨て去った狭義の強制性を英語版の記事では、印象操作どころか声高に繰り返し主張しているのです。

2)朝日新聞英語版の慰安婦説明手法の変遷と狙い
 2016年から2017年にかけての朝日新聞英語版の主な記事のリストを添付資料6として提出します。添付資料4には 添付資料6の記事をもとに、慰安婦の説明手法の変遷と狙いを分析した考察を含めてあります。朝日新聞は2016年12月まで、主に独立した慰安婦説明文を定義の形で記事中に繰り返し挿入する手法を取ってきました。(PhaseⅠ) 
これが十分浸透したと判断してか、英語の表記方法についての批判をかわすためか、12月から新しくQuotation markをComfort womenから外し関係代名詞でつないで1センテンスの中に組み込んだり、Comfort womenを使わずに単なるWomenが強制的に性奴隷にされたと表記する手法を加え始めています。さらに他社の記事を転載するに際し、キーワードは朝日の常套句provide sexに入れ替え、同時に朝日に都合の悪い部分(売春宿で働いていた、20万人など)を削除する手法も併せて使い始めています。(PhaseⅡ)
新たな手法の狙いは明確で、職業売春婦の印象を消し、日本軍が一般の女性をかどわかして性奴隷として扱った、人権に対する罪を犯したとの認識に誘導し、それはホロコーストと同様に人類の汚点として記憶すべきであり、日本および日本人は永久に非難される存在であるとの主張に導くことです。

3. 豪州での慰安婦像設置反対運動の展開中に確認された朝日の虚偽報道の影響
 豪州の各種組織、個人の発言・行動への3点セットの浸透・影響について述べます。

1)ストラスフィールド市議会2回の公聴会、韓人会館での慰安婦像披露セレモニー、AJCNによる人権委員会への苦情提出時に流れた報道には朝日の3点セットのすべてまたは一部が必ず含まれていました、特に1の強制連行/性奴隷はすべての報道の基本でした。2015年のCRC(Community Relations Commission, Multicultural NSW) のHistorical Eventsに関するガイドラインについてのメディア報道にも、慰安婦問題が含まれ、その中に3点セットが記載されました。
2)2014年(平成26年)4月1日と2015年8月11日のストラスフィールド市議会での反日グループによる設置賛成の意見にも3点セットの要素が含まれていました。
3)2015年(平成27年)6月末ストラスフィールド市の依頼によるサーベイ会社の電話サーベイが行われました。(世論調査)このサーベイにおいて、サーベイ会社は、慰安婦の説明として3点セットを使い、更に慰安婦の数を20万人~36万人に変えて回答者に話しました。
4)反日団体KACA(The Korean Committee of United Austral Korean-Chinese Alliance against Japanese War Crimes)は、ストラスフィールド駅前広場(慰安婦像設置希望場所)で行った署名活動を含めたキャンペーン活動用にパンフレットを作成し、配布を行いました。これにも3点セットが入っています。
5)2015年7月10日から韓国人会会長兼KACA会長のLuke Song氏が韓国人会のサイトで安倍首相と慰安婦像設置に反対する日本人を攻撃するヘイト・スピーチ(Public Comments)を連載しました。もちろん3点セットをベースに、日本人という特定民族・人種を一方的に攻撃するものでした。
6)2016年8月6日 韓人会館で行われた慰安婦像披露式で配布されたパンフレットにも3点セットが入っています。

4.朝日の虚偽報道3点セットがもたらしたものは何か
朝日が拡散した3点セットは反日団体による日本及び日本人攻撃の根拠とされ、また攻撃の常套句とされました。その結果、豪州での慰安婦像設置反対運動を開始した2014年4月から私とAJCNメンバーは多くの差別、脅迫、監視、バンダリズム(暴力事件)を経験しました。具体的に述べます。

1)個人の家庭の分断
豪州は典型的な多文化社会であり、日本人と韓国人のカップルも多く、典型例は夫が韓国人、妻が日本人のケースです。多くの日本人女性から、家庭内の不和が激化して、慰安婦問題を家庭内で話すことはタブーになったとAJCNに報告されています、最も激烈な例として、ストラスフィールド市在住のAJCNの副代表(オーストラリア人)の息子(妻が日本人なのでハーフ)A君が、同じ学校の親友の韓国人と「大人が仲が悪くとも自分たちは友達でいよう」と誓い合ったと謂う話があります。また、別の同市在住の家庭では韓国人の父親が慰安婦問題で日本に対する憎しみを爆発させ、韓国に戻って軍隊に入り日本と戦うと宣言、日本人の母親と子供は家庭内で父親と対立しおびえました。
2)差別・いじめ
2014年以来、一部の韓国人の日本人に対する態度が変わり、日本人に対する嫌がらせ、差別、いじめが複数AJCNに報告されています。日本政府や人権委員会へも報告済みです。典型例は子供同士のいじめや差別、学生間/教師も加わっての差別、韓国人経営のレストランでの嫌がらせなどです。シドニーでもこれらの問題が発生し始めているため、邦人保護の観点から安倍首相と岸外務副大臣が2回に渡りNSW州首相と面談時に懸念を表明、対処を要請しました。
3)脅迫
2016年12月14日AJCNが人権委員会へ提訴した直後にAJCNへ脅迫メールが送られてきました。地域警察から連邦警察に移管され調査中です。AJCNの調査によれば送信者は韓国在住の人間であり、同様の文面の脅迫状が米国の慰安婦像設置反対活動の活動家の日系人女性にも過去3回送られていることがわかっています。 
4)監視
2015年8月11日のストラスフィールド市の特別市議会の直前に私の自宅が中国人の男に監視されていました。私の留守中であったため妻と娘は極度におびえました。
5)バンダリズム(破壊行為)
2015年4月、慰安婦像問題に関心があり、ストラスフィールド市議会にも足を運んでくれたAJCNの協力者が下記の被害を受けました。警察に届け済みです。
1)自宅のブロックの周りをアジア系の男達が徘徊し、彼の妻と目が合うと急いで立ち去った。妻は恐れて夫に報告した。
2)その数日後、彼の自宅近くのショッピング・センター駐車場に駐車していた自家用車の前輪タイヤ2本が切り裂かれた。この事件後、この家族は勤務している会社と相談して他国の事業所に転勤した。
このほかAJCNの副代表の自宅駐車場がブレーク・インの被害にあいました。駐車場奥の物置が壊され、更に車へ侵入しようとしたらしく車の鍵の部分が損壊。タイミングとしては8月11日の特別市議会の直前でした。家族が怖がるため警察へは届出せず。副代表は市議会へも頻繁に出入り、市議とも面談を多数行っているため、一部市議に報告しました。

最後に
現在行われている慰安婦報道に関する朝日新聞の日本を貶める英語版報道は、すでにジャーナリズムの枠を逸脱しており政治的プロパガンダそのものです。朝日のターゲットはすでに自社の捏造体質が広く知られた日本から海外へと移っています。日本と日本人の名誉を回復し、日本と日本人を貶める虚偽報道を止めるためにも、日本国内に対して行ったように英語版でも同様の撤回、謝罪をするよう要求しなければなりません。私は朝日新聞はすでに海外で起こっているコミュニティの分断や日系人に対する迫害に対する責任を取るためにもこの要求に応える義務があると考えます。それが現在海外に住む日系人の子供や孫を守ることにもつながります。







たった一通のメールが人生を変えることがある。



今回の記事は、今日本で行われている朝日新聞を相手にした慰安婦関係の裁判の一つ「朝日・グレンデール裁判」に関係して、原告側の主張を要約した本の「はしがき」(前書き)のご紹介です。本のタイトルは「『慰安婦』謀略戦に立ち向かえ! 日本の子供たちを誰が守るのか?」で、AJCN代表の山岡鉄秀が「はしがき」を書いています。この「はしがき」は、慰安婦(像)問題の本質を的確にそして平易に解説していますので、全文を以下に掲載いたしました。まだ豪州でくすぶっている慰安婦像問題についても容易に理解できますので是非お読みいただければと思います。


たった一通のメールが人生を変えることがある。2014年3月31日、シドニーの事務所で普通に仕事をする私のメールボックスに飛び込んで来た一通のメール。それは、シドニー郊外のストラスフィールド市に住む、見ず知らずの日本人の母親が書いたものだった。どうやって私にたどり着いたのか、それはわからない。そこに書かれていたのは、慰安婦像を建てようとする反日団体の攻勢に怯え、子供たちへの悪影響を恐れる母親の必死のSOSだった。

「明日の夜、ストラスフィールド市の公会堂で、慰安婦像の設置の可否を決める公聴会と決議が行われます。日本人の方は集まってください!」

直前の告知で、日本人が何人集まってくれるか、はなはだ心もとない。ただ困り果ててSOSを発信した、母親の必死な気持ちがストレートに伝わってきた。私は迷わず電話を手に取っていた。この匿名のお母さんに何とか連絡を取るためだ。明日行くのでは遅すぎる。今夜中に何ができるか?それが鍵だ。コミュニティ防衛の戦いはその日の夜のうちに始まった。

あれから3年の歳月が流れた。ストラスフィールド市の慰安婦像は阻止したが、まだ戦いは続いている。あのメールを見たとき、私の脳裏に浮かんだのは何だっただろうか?日本国の名誉だっただろうか?英霊の名誉だっただろうか?いや、違う。それは不安げな面持ちで子供を抱き締める母親の姿だった。日本人男性として、見て見ぬふりは絶対にできない、ただそれだけの気持ちが私を動かした。そしてその瞬間からいつ終わるとも知れぬ戦いが始まったのだ。
慰安婦問題に特別な知識があったわけではもちろんない。調べれば調べるほど、この問題が複雑な背景を持つことがわかってきた。この問題は断じて「昔日本がひどいことをしたのにきちんと謝らないから韓国の人たちが怒っている」などという単純な話ではない。「誠意を示して謝罪すれば和解できる」などというものでもない。その程度の話なら、とっくの昔に解決していただろう。この問題はそのような次元をとっくに飛び越えて、様々な国や団体の思惑が複雑に絡み合う様相を呈している。この問題は覇権主義にまい進する国家による敵陣営分断作戦であり、日本孤立化戦略であり、民族主義高揚のツールであり、金儲けのビジネスでもある。肥大化し、制御を失った、自己増殖するマシーンにもたとえられるだろう。その結果、在外邦人、特に子供たちに実害が及ぶ事態にまで至っている。もはや「歴史戦」という言葉だけではくくり切れない。そして、その様々な局面で必死に戦い続ける人々がいる。それらの人々の魂の叫びを集めたのがこの本だ。

そもそも、戦後何十年も、慰安婦問題なるものは存在しなかった。それがなぜこんな大ごとになってしまったのか?引き金はなんだったのか?慰安婦問題を推進する挺対協の正体は何か?そして、親北勢力に飲み込まれようとしている現在の韓国で、慰安婦問題はどのように利用されようとしているのか?日本が覚悟すべき脅威とは何か。慰安婦問題の第一人者である西岡力麗澤大学客員教授が韓国の最新情報を交えて解説する。

最近では、この問題が実は日本発であることを知る人も増えて来たが、国連が長く日本批判を目的とする日系NGOの独壇場で、一方的にそれらNGOの主張に影響されて来たというショッキングな事実は知られていなかった。「性奴隷」という言葉も国連から広まった。日本人は外圧に弱いと言われるが、まるで「先生に言いつける」がごとく、国連を利用して日本政府に圧力をかけることに執念を燃やす人々がいる。女性の立場でこのような勢力の牙城に風穴を開けようと国連に乗り込み、フランス語でスピーチを行った前衆議院議員の杉田水脈氏が鮮烈な体験談と、日本が進むべき方向を語る。

子供を案ずる母親の思いが私を突き動かしたことは先に述べた。我々が憂慮している日系子女への苛めや差別の問題は、すでに慰安婦像が建っている北米でこそ深刻である。米国では、事実に踏み込んで反論しなかった日本政府の不作為と、反日団体の強力な活動によって「日本軍が20万人もの女性を性奴隷として蹂躙した」という虚偽が歴史的事実として独り歩きし、教科書にまで載っている。そのような状況下で、人種的少数派として生きなくてはならない日系子女の苦悩は深い。さらに驚くべきことは、邦人保護を主要任務とするはずの現地日本領事館が、母親たちに相談を受けても、本省に対しては「いじめの例は確認されていない」と報告し、現地の親から強い不信を買っているというのだ。日本人はそこまで事なかれ主義に堕してしまったのだろうか。日本人同士協力して子供たちを守ることすらできないというのだろうか。高橋史朗明星大学特別教授が現地の苦悩を伝える。

慰安婦問題は、ローカルな視点で捉えれば、日本人、とくに子供たちへの差別や苛めの問題だが、グローバルな視点で見れば、日本を悪魔化し、孤立させ、日米韓を離反させる覇権国家中国の国際戦略だとジャーナリストのマイケルヨン氏は喝破する。軍人として戦場を渡り歩いてきたヨン氏にとって、戦闘中の軍隊が組織的に民家から20万人の女性を誘拐して性奴隷にするなど、荒唐無稽な作り話に過ぎないことは瞬時にわかる。必要な要員、ロジスティクスを含め、戦闘中の軍隊にそのような余力はない。まして、そのようなことを強行すれば、新たな戦争や動乱を引き起こしてしまうだろう。逸脱した兵士による戦争犯罪と制度としての慰安婦制度を混同すべきではない。しかし、中国が仕掛ける情報戦は広く深い。その中国に無自覚に操られる韓国人は過激化の一途を辿り、日本人に対するテロ行為の発生も時間の問題だと、11カ国を巡って調査を実施したヨン氏は警告する。

いずれも極めて重要な視点で、どれひとつ欠かせないが、私自身は次の2点を強調したい。まず、この問題を幼い子供たちの視点でとらえることの重要さである。慰安婦像そのものは、一見ただの少女像に見えるかもしれない。そして、反日団体は意図的に「女性の人権尊重」を前面に打ち出している。しかし、同時に、韓国も中国も国ぐるみで徹底した反日教育を行い、日本への憎悪を煽り、「恨」を民族の団結に利用しようとしている。この、憎悪に根差した民族主義にまともに影響されるのが、純粋な子供たちだ。韓国人や中国人の子供たちは、大人たちの言うことに疑問も持たず、純粋な正義感と敵愾心に突き動かされて日本の子供たちに攻撃的な態度を取る。子供たちは大人とは異なる基準で行動することを忘れてはいけない。結局のところ、苛められる日系の子供たちはもちろん、苛める方の子供たちもまた、不健全な民族主義と情報戦争の被害者なのだ。子供たちを守るという視点が常に必要だ。

そして、西岡力氏がかねてより指摘するように、慰安婦問題はそもそも日本人が作り出して日本人が広めたのだが、朝日新聞が吉田清治という韓国や北朝鮮の諜報機関に通じた詐欺師の作り話を大々的に広めたことが極めて重大な契機となっていることは、日本国内ではすでによく知られている。しかし、その朝日新聞が、国内では謝罪して記事の撤回を行ったように見せかけながら、英字記事では依然として「慰安婦が強制連行された性奴隷である」という印象を与える表現を使用し続けていることは知られていない。ジャーナリズムが、事実を検証し、真実を追求するものと考えるのは幻想にすぎない。この執拗な印象操作も辞さない工作機関のような新聞社が長く日本のクオリティペーパーと見做されて来た事実は重い。朝日新聞が今も続けるプロパガンダを具体例を示して解説する。

そして最後に資料編として、朝日・グレンデール訴訟(米紙謝罪広告等請求事件)の最終準備書面を追加した。慰安婦問題を引き起こし、日本の名誉と国益を甚だしく損失させた朝日新聞の大罪を追及する原告弁護団のロジックとこの問題の本質がご理解頂けるだろう。

日本国憲法前文にはこうある。
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
日本人は大至急夢から覚めなくてはならない。国境を一歩出れば、弱肉強食の世界が待っている。「弱さを見せれば、徹底的に攻撃されてしまう」「一度謝った人間に対してはどんなに攻撃してもよい」そんな、日本人には想像もできない苛烈な文化がすぐ隣に存在する。人類の進化のスピードは緩慢だ。第三次世界大戦こそまだ起きていないが、戦火が消えることはない。吉田茂は晩年の手記で、安全保障を米国任せにした結果、日本人が国防を自分のこととして考えなくなってしまったことに後悔している旨を吐露している。日本人は今、この国を自ら守る決意を取り戻さなくてはならない。

大げさだと思う方は、マイケルヨン氏の章を読んで欲しい。戦争は、兵器を交える前に必ず情報戦から始まる。そしてヨン氏が言うように、慰安婦問題は巨大な情報戦争の一端に過ぎないのだ。日本はすでに戦争に巻き込まれている。戦後すっかり洗脳された日本人は、自分たちさえ出ていかなければ戦争は起こらないと未だに錯覚しているが、世界情勢は日増しに危険度を増し、この文章を書いている間にもミサイルが頭上に飛来しかねない事態になってしまった。

戦争になれば、それが情報戦であれ、実戦であれ、必ず弱い女性や子供が犠牲になる。証言をくるくると変える韓国人元慰安婦の老婆たちに怒りを覚える人も多いだろう。自ら売春業を選んだ人もいただろうが、幼くして親に女衒に売られてしまい、ろくな教育も受けられなかった人も多い。それは日本の東北地方でも見られた悲劇だった。嘘は許せないが、彼女たちの境遇には心から同情する。しかし、かつて金儲けのために利用された彼女たちを、今度は政治的に利用する活動家たちを私は許せない。ヨン氏は、ソウルの日本大使館前の水曜デモで、挺対協の車から転げ落ちそうになる高齢の元慰安婦を目撃して胸を痛めている。そして、それら活動家の行為によって、今を生きる、何の罪もない日本人の母親や子供たちが傷ついていく。なんと罪深い行為であろうか。

北米で現地調査をした高橋史朗氏に詰め寄り、大粒の涙を流した現地邦人の母親がいた。思い余って、安倍首相に嘆願書をしたためた母親グループがいた。事実に踏み込んだ反論をしない日本政府に失望して、米国籍を選ぶ日本人子弟もいる。その一方で、「日系子女への苛めなんて都市伝説に過ぎない」とか、「関東大震災時の朝鮮人暴動のデマみたいなものだ」と主張する日本人もいる。私は嘆息して空を見上げる。私は自らの経験で、日本人の母親たちが、子供たちを苛めから守るために、中韓活動家の行為に憤りながらも、周囲の中国人や韓国人の親たちと軋轢を起こさないように細心の注意を払いながら生活しているのをよく知っている。そんな母親たちの涙ぐましい努力を最大限尊重しながら戦う困難な道を選択してきた。

歴史戦の姿を借りた情報戦の嵐が吹き荒れる現状を客観的に見れば、日本人子女に対する苛めが発生しても不思議ではない。それは確実に言えることだ。我々責任ある大人がすべきことは、苛めを誘発する要因を断って予防することであり、苛めが発生しているかいないかを巡って批判しあうことではない。私は自ら現地調査に参加して、この苛めの問題に明確な判断を下し、対策を講じる機会があることを願っている。そして、この本を手にとってくださった全ての読者の方に問いかけたい。「誰が日本の子供を守るのか?」と。