AJCN代表 山岡鉄秀
宿泊費を肩代わり?6月12日の米朝会談を控え、北朝鮮が「シンガポールでのホテル代が払えないから第三国に肩代わりを求めている」という報道が流れて世界を驚かせた。
核兵器を開発する金があるのに、ホテル代がないなどということがあり得るのか、日本人の常識はもちろん、国際社会の常識においても、あり得ない屈辱のはずだが、専門家によれば、朝鮮半島の文化では特に恥ずかしいことではないという(重村智計教授「デイリー新潮」6月9日)。だから、私はかねてより、朝鮮半島の国家に対して「道徳的に優位に立つ外交を推進すべき」などという発想は全く無意味だと主張してきた。道徳的概念を共有していないのだ。
この北朝の求めに対し、米政府は即座に「肩代わりするきはない」との声明を発表した一方で、シンガポール政府が「考慮する」意思を示した。そして驚いたのは、あるNGOも代金の肩代わりを申し出たことだ。そのNGOとは、ICAN(International Campaign to Abolish Nuclear weapons)である。
ICANは核兵器禁止条約の制定に向けたキャンペーンを展開し、条約の実現に大きく貢献したとして、昨年、ノーベル平和賞を受賞したのは記憶に新しい。
スエ―デン出身のベアトリクス・フィン事務局長が来日し、「広島、長崎以外で同じ過ちが繰り返されていいと思っているのではないか」「条約に署名しない日本は世界で孤立する」などと、日本政府を傲岸不遜に非難したのを覚えている方もいるだろう。
また、安倍首相に面談を求めたが実現しなかったことで、「安倍首相が逃げた」かのごとく報道したメディアも目立った。安倍首相の外遊中の日程で、しかも直前の申し込みで会えないのは当然のことだったにもかかわらず、朝日新聞に至っては共産党・小池晃書記局長の「あなたは本当にどこの国の首相なんですか」という見当違いの発言を取り上げる始末だった (2018年1月15日) 。
ICANも共産党も、核兵器で恫喝する北朝鮮に文章で正式に抗議し、核兵器の廃棄と条約批准を求めて記者会見を開くべきではないのか。それをせずに、世界で最も平和的で言論の自由が保障されている日本で言い掛かりめいた発言をするのは欺瞞でしかない。オバマ前大統領 がノーベル平和賞を受賞した時点で、ノーベル賞から平和賞を省くべきだと思ったが、今回その思いを新たにした。
このICANというジュネーヴに本部を置くNGOの目的は、団体のホームページによれば、ひとつでも多くの国に核兵器禁止条約に批准させることである。その目的を遂行するために、世界中の市民社会を動員することを主たる活動とする。
実際の組織運営は、趣旨に賛同するパートナー団体の共同運営だ。パートナー団体のなかから「国際運営グループ」(ISG)を形成し、参加グ ループの代表者(国際運営委員)の 合議で運営を担う。そのISGの指揮下に、個人からなる国際スタッフチーム(IST)を形成して実務を行う。
ICANのホームページによると、現在、ICANを運営する国際運営グループには下記の団体が参加している。
・ Acronym Institute for Disarmament Diplomacy (イギリス)
・ African Council of Religious Leaders ? Religions for Peace (ケニア)
・ Article 36 (イギリス)
・ International Physicians for the Prevention of Nuclear War (アメリカ)
・ Latin America Human Security Network (アルゼンチン)
・ Norwegian People’s Aid (ノルウェー)
・ PAX (オランダ)
・ Peace Boat (日本)
・ Swedish Physicians against Nuclear Weapons (スウェーデン)
・ Women’s International League for Peace and Freedom (アメリカ)
お気づきのように、ここで日本のピースボートが登場する。ピースボートは他の9団体とともに、ICANの実働部隊なのである。このピースボートを含む上記10団体は、昨年ICANがノーベル平和賞を受賞した際に、メダルと賞状の公式レプリカを授与されている。これら十のNGOのなかから、ピースボートを含む三つのNGOについて考察してみる。
ICANの正体を知っていますか (写真:朝日新聞デジタル2017年12月10日記事) |
フェミニスト団体が運営
「 Women’s International League for Peace and Freedom」(婦人国際平和自由連盟)というアメリカの団体は、その日本支部のホームページによると、1915年(大正4年)、第一次世界大戦の 最中に、武器のない平和な世界を希求する欧米諸国の女性たちが中立国のオランダ・ハーグに集まり結成した世界で最初の女性の平和団体で、1946年にはすでにノーベル平和賞を受賞しており、スイスのジュネーヴに国際本部を置く。
専従の事務局長と専従のスタッフが運営を管理し、国連ジュネーヴ本部でのロビー活動を行い、主に国連 人権理事会や国連軍縮会議を監視する本格的なNGOである。この団体のビジョンは「全ての人への平等と正義、そして、暴力と軍事衝突のない世界」を目指すこととあるが、団体が唱える「変革理論 (Theory of Change )」というダイアグラムを見ると、最終ゴールは「フェミニストの平和 (Feminist Peace) 」になっている。このことから、実態はフェミニスト団体であることが推察できる。
そして、この団体の国際会長に、 2015年から日本女性が選ばれている。同志社大学の秋林 こずえ教授だ。私はネット上に投稿されている、2016年9月に米国アメリカン大学で開催された秋林教授の講演を聴いた。
「十九世紀まで独立王国だった沖縄は、近代化された日本に併合された。少数民族ゆえに政治力がないため、米軍基地が集中している」
「危険な普天間基地は米国では安全基準を満たせず、許可されえない。滑走路と学校が隣接している。だから事故が発生する」
「政府は1996年に普天間基地を5〜7年以内に移設することを発表したが、2016年のいまも実現していない」
秋林教授は2015年11月13日に、神戸市中央区のJR元町駅前 で SEALDs KANSAI が開催した「辺野古新基地建設に反対する全国一斉緊急行動」にも参加している。
誰でも、基地なぞなくて済めばそれに越したことはないと思う。しかし、莫大なコストをかけて基地が沖縄に存在しているのにはもちろん相応の理由がある。それは考えず、また、不法行為で基地の移転を妨害している極左活動家の批判はせずに、弱者の少数民族対横暴な国家権力という構造に単純化してしまう。
隣国の覇権主義の脅威も思考の範囲に入らない。北朝鮮を非難せずに日本政府を非難するのと同じ構図がここにもある。まさに、SEALDs のメンタリティだということだ。
テロ支援団体まで!
この例からも、予想どおり、左翼的思想を持った団体が多いことがわかるが、なんと外国政府から「テロ支援」の容疑で高額の罰金を科せられた団体もある。前掲のリストに載っている「 Norwegian People’s Aid 」(NPA)だ。ノルウェーの首都・オスロに本部を置くNPAは1939年設立の、紛争時の人道支援、紛争後の復興支援、地雷の除去などを行う大型老舗NGOである。
今年4月4日のUPI通信によると、米国司法省は、米国にテロリスト指定された組織を支援した容疑で、NPAに対して200万ドル(約2億2千万円)の罰金を課した。司法省によると、NPAは2012年から2016年にかけて、アフリカの発展途上国を援助する名目でアメリカ合衆国国際開発庁 ( USAID ) から補助金を受け取っていた。
だが、補助金を受け取る前に、米国にテロリスト指定されているイラン、ハマス、パレスチナ解放人民戦線、パレスチナ解放民主戦線に本格的な支援を提供していながら、それらの事実を隠し、虚偽の申請をしていたという。
具体的には、イラン軍との一部合同で、イランにおいて地雷撤去プロジェクトを実施したり、ハマス、パレスチナ解放人民戦線、パレスチナ解放民主戦線に対して、〝今日の若者、明日の指導者“( Youth of Today, Leaders of Tomorrow )という市民参加型のプロジェクトの実施に資金援助したりした。
このプロジェクトは、ガザ地区に住む前記政治団体に属する15歳から28歳の若者に、ディベートや交渉のトレーニングを提供し、より有能な政治活動家に育成することを目的としていた。これらは明確な規律違反だった。
実は、NPAには前科があった。 1999年にノルウェーで放映されたドキュメンタリー番組によると、 NPAが使用する複数の航空機がスーダン人民解放軍(SPLA)に80トンから100トンもの武器や地雷を供給していたという。
番組内でインタビューされたパイロットは、食料や薬、毛布などの救援物資を輸送するつもりで参加したが、実際には積荷のなかに大量の武器弾薬、さらに地雷が含まれていることに気が付いたと証言した。
また、スリランカの国防省は、2002年から2004年にかけて、NPAがノルウェー政府公認でタミルタイガー(タミル・イーラム解放のトラ)を直接支援し、2006年のマビル・アル危機の際にも、停戦地帯で活動していたNPAが公然とタミルタイガーを支援していたと指摘した。
つまり、NPAは地雷撤去などの人道支援を行うNGOを標榜しながら、紛争当事者の一方に地雷を含む武器弾薬を提供し、紛争を長引かせていたのである。このような組織が ノーベル平和賞を受賞するとは、常軌を逸している。
ノーベル平和賞は、五部門あるノーベル賞のなかで唯一、スウェーデン政府ではなく、ノルウェー政府が授与主体となっているのである。
日本の加害検証が目的
そして、日本のピースボートである。ピースボートと言えば、現立憲民主党議員、辻元清美氏ら数名が1983年に設立して以来、安値とポスター貼りによる割引制度(地球一 周船旅のコスト99万円が、ポスターを3,500枚貼ればゼロ)をウリに乗船者を募り、35年間続いている団体だ。
洋上プログラムには、水先案内人と呼ばれる講師陣によるカルチャー、ボランティア、平和活動等に関するセッションも用意されている。セッションの講師は筑紫哲也氏、加藤登紀子氏、鎌田慧氏、池上彰氏、 池田佳代子氏、宮台真司氏などといった面々。「平和っていいよね。平和憲法を世界に広めよう!」という趣旨で、船上で踊る「九条ダンス」が催し物の一つとしてある。
ここまで書いただけで、(ノーベル平和賞を受賞した)ピースボートがどのような団体か想像がつくが、そのピースボートが世界各地で核廃絶を訴える「おりづるプロジェクト」の一環として、第96回オセアニア一周クルーズを企画。2018年1月18日に横浜港を出港し、2月に豪州のパース、アデレード、メルボルン、ホバート、シドニーでイベントを開催した(ちなみに、ICANの発祥の地はメルボルン)。
そこで現地のAJCNメンバー は、メルボルン(2月1日)とシドニ ー(2月5日)でのイベントに参加し、イベントで何が実際に行われたのかを確認した。配布された資料も すべて入手して分析した。
まず、配布されたパンフレット(英文)を見て驚いた。「ピースボートとは何か?」 (What is Peace Boat? )と題してピースボートについて説明しているのだが、設立目的として「ピースボートは、アジア太平洋地域における侵略者としての日本の歴史を検証することを目的に設立された」と書いてある。
そして、ピースボートが取り組むプロジェクトが並んでいるのだが、なんとそこには韓国編として「元慰安婦の証言を聞く」というのがある。その記述を和訳して下記に示す。 〈第二次大戦中、比喩的に慰安婦と呼ばれる多くの女性が、特に韓国人女性が、日本軍によって性奴隷になることを強いられました。戦後の民主化活動に勇気づけられ、多くの元慰安婦が賠償と人権の認知を要求しました。
ピースボートは日本の過去、特にこのような教科書に載っていない恥ずべき過去について学ぶことが地域の和解と平和の鍵であるとの信念に基づき、女性たちの話を参加者と聞 プログラムを企画してきました〉(山岡訳)
まるっきり北朝鮮と繫がりを持つとされる韓国の挺対協の主張である。パンフレットには、ピースボートに乗船してセレモニーに参加する元慰安婦の写真が載っている。
反日洗脳教育を実施
さらに、「沖縄基地問題に取り組む」というのもある。
〈米軍基地は沖縄の人々にとって大きな重荷です。日本の南方に位置し、日本の国土のわずか0.6%しかない島に、日本国内の米軍基地の74%が集中しているのです。軍関係者による犯罪や暴力、そして騒音公害が地元住民に影響を与え続け、 常に事故のリスクが存在します。ピースボートはこの問題に対する意識を高めるため、地元住民の声を日本国内と米国に届ける活動を行っています〉(山岡訳)
辺野古の反基地テント内で、ピースボート乗船者が反基地活動家の話に聞き入る写真が掲載されている。この辺りの活動は、前出の婦人国際平和自由連盟と重なる。
さて、このようなピースボートに乗船したら、どんなことが待っているのだろうか?
ピースボート乗船経験が5回あり、マジシャンとして船上で営業していた柳田昌宏氏は、動画で次のことを証言している。
●セッションでは、反米反日洗脳教育が行われている。
●スタッフは、どれくらいの人間を変えたかの自慢話をしていた。
●ソマリア沖では、ピースボートを海上自衛隊が勝手に守ったと主張、口裏を合わせるよう強要された。
●乗船していた元自衛官は、インターネットでの自衛隊との情報交換を 遮断され、船室キャビンに監禁されていた。
●普段、個人では行けないような場所(北朝鮮含め)に行くことができるが、ピースボートが教えたいところ(国)しか見せてくれない。
(https://www.youtube.com/ watch?v=vG7GLBFOnWs)
実際の乗船者の半分以上は高齢者 (6割以上)で若者は少数(約2割) と、TV(TBS特番)で紹介されている。若者のポスター貼りボランティアによる割引分は、この正規料金を払う高齢者たちが負担していると解説しているが、ピースボートのターゲットはあくまでも若者たちであり、船という閉鎖空間で反米反日の洗脳が行われていると推察することができる。
このようなピースボートが行く先々で彼らを迎えるのは、必然的に政治的信条が彼らと類似した人々、団体である。メルボルンでは2017年6月11日に、地元の日系住民が企画した杉田水脈氏の講演会を妨害したとされるグループがイベントに参加していた。
その中心人物とされる元広島市立大学広島平和研究所教授の田中利幸氏は、現在メルボルンに在住。「慰安婦制度は戦時暴力」と主張する田中氏は、渋谷で開催され、ピースボートも参加した2017年11月25日の日本軍「慰安婦」問題解決全国行動ろうそく集会にも参加した。彼は海外移住後も、毎年活動拠点であった広島でのイベントに参加しているが、視察した人によれば、昨年は天皇制打倒を声高に主張していたそうである。
シドニーには、定住者中心の日本人クラブがある(JCS)。JCSは東日本大震災支援プロジェクトなどに熱心に取り組んでいるが、慰安婦像反対運動には「政治的活動はできない」として協力を拒んできた。
そのJCSが、会報誌に〝ICAN ノーベル平和賞受賞記念〞として、 ピースボートの豪州でのイベントを紹介し、ピースボートのリンクを貼り付けた。ノーベル平和賞受賞団体のイベントの紹介は〝政治的活動にあたらず〞問題ない、と判断したのだろう。
しかしそのリンクを辿ると、在シドニー日本総領事館前でのデモへの参加が呼びかけられている。なんと、日本から乗船してきた人々が現地の住民とともに、日本総領事館に対して「核兵器禁止条約に署名しないことへの抗議」を行うというのである。 これについては、日本総領事館から在シドニー邦人に対して注意を呼びかけるメールが配信された。
(シドニー日本クラブJCS 便り2018年1-2月号17 ページ) |
言論の自由が保障され、核兵器を保有しない平和的な豪州で、同じく非核保有国の日本を非難することに何の意味があるのだろうか?北朝鮮や中国に対して非難声明を出すのが筋ではないのか。実に欺瞞的であり、立派な政治活動であることは言うまでもない。
慰安婦像活動まで!
そして、この話には笑えないオチがつく。JCSの名誉会長は、シドニー総領事だったのである。たとえ純粋な動機に基づいて行動しても、国際社会の現実にナイーヴ過ぎると こんな事態を招いてしまうから注意が必要だ。
さらに象徴的なのは、シドニーで慰安婦像設置活動を続けてきた韓国系反日団体である Friends of ‘Comfort Women’ in Sydney (FCWS)の幹部とメンバーが多数イベントに参加していたことだ。この団体の幹部には、ソウルに拠点を置き、世界中に慰安婦像を建てる活動をしている挺対協のユン・ミヒャン代表が名を連ねている。
ユン・ミヒャン代表の夫とその妹が、北朝鮮のスパイ容疑で逮捕されていることは既知の事実である。前述のパンフレットの内容からもわかることだが、このように、ピースボートは訪問先の反日団体と深く結びついているのだ。シドニーでのイベントでの最後の締めのスピーチを行ったICAN大使のスコット・ラドラム氏は、左派の「緑の党」所属の豪州連邦上院議員だったが、昨年、二重国籍問題で辞任している。ラドラム氏は、「核廃絶条約をターンブル首相は拒んでいるが、労働党の首相なら条約に署名する。ぜひ労働党に投票してもらいたい」と参加者へ強烈な呼びかけを行い、結語としていた。これでは、平和運動に名を 借りた全くの倒閣政治運動である。
お墨付き与えたのは誰か
ICANの核兵器廃絶の理念自体は、誰も反対できない崇高なものかもしれない。しかし、ICAN/ピースボートが各地を船で回りながら彼らの理念を伝播していく途上、地元の活動家と連携してイベントを行うときに、その主張は現実のローカルの政治的闘争と深く結びついていく。必然的に、イベントは一方に偏った極めて政治的な色彩を帯びることになる。シドニー日本総領事館前では、核兵器禁止条約に署名しない安倍政権とターンブル政権を非難する発言が相次いだ。ICAN/ピース ボートに賛同する被爆者の方々は、実際に心から核兵器廃絶を祈っているだろう。
しかし真の問題解決は、特定の政治勢力による倒閣運動に堕したキャンペーンによっては実現しない。
5月8日に放送されたNHK神奈川のニュースによると、ピースボートは同日の午後に横浜港を出港する航海から、ノーベル委員会から授与されたメダルと賞状のレプリカを活動に活用することにしたという。ピースボートの川崎哲共同代表は、「メダルを手にして写真を撮るだけでもいいので、小さなことから運動が広がってほしい」と述べたという。ノーベル賞受賞の栄誉を最大限活用して、自分たちの活動の正当性をアピールしたいのだろう。
今回の航海では、広島と長崎の被爆者が一人ずつ参加し、三カ月あまりにわたって22の国と地域を訪れる予定だという。また、同じようなことを繰り広げるのだろう。しかも今回は、ノーベル平和賞のメダルをかざしながら。