マハティール・モハマド(Mahathir Mohamad 元マレーシア首相)の演説 Towards a prosperous future :もし日本なかりせば (欧州・東アジア経済フォーラム 1992年10月14日 香港)を読んで元気を出そう。
日本の進むべき方向はどうあったらいいのでしょうか。世界の多極化が進み第1次大戦前夜と状況が酷似しているといわれる昨今ですが、日本のあるべき姿を見直して行動する時期に来ているのではないでしょうか。日本の高度経済成長時代、そしてそのあとの日本の姿を冷静な眼で見ていたのが、マレーシアのマハティール[1981年7月にマレーシア首相に就任(1981年~2003年)]でした。
以前聞いたマハティールの発言を思い出します。
彼の1992年の有名な演説”もし日本なかりせば”を読むと、アジアの国々にとって当時の日本がどう見えていたかわかります。マレーシアが、日本の経済システムを吸収して自国の発展につなげる「ルック・イースト」政策を採用してから30年以上経ちますが、この政策を提唱したマハティール首相はその後、1991年から失われた20年の低迷期に入った日本に対する失望感を示し、日本は「反面教師」としてしか参考にならないとの見解さえ述べました。
そして今、日本は米国の覇権の弱体化、中国・ロシアなどの「現状変更」の動き、新たな覇権主義の台頭に向き合い、日本としてどうこの事態にどう対処するか自ら決めなくてはならない時代を迎えています。日本も主張する国へ変わり、戦後日本を縛ってきたさまざまな呪縛から自らを解き放そうという努力も一部に見られるようになりました。経済も反転したように見えます。日本国民も情報リテラシーをもって、現実に目覚めはじめる人も増えてきました。
こんなときマハティール元首相の演説を読むと元気になります。アジアの厳しい情勢の中、アジア諸国は日本の強いリーダーシップを求めています。日本にはその期待に応える責務があります。
英語の全文は
http://www.carlos.or.tv/essay-e/Mahathir_TOWARDS_A_PROSPEROUS_FUTURE.pdf
から引っ張れますので時間のある方はぜひ読んでください。
以下はそのさわりです。”もし日本なかりせば”は”もし日本戦わざれば”と言い換えることもできますね。
・・・ 日本の存在しない世界を想像してみたらよい。もし日本なかりせば(もし日本戦わざれば)、ヨーロッパとアメリカが世界の工業国を支配していただろう。欧米が基準と価格を決め、欧米だけにしか作れない製品を買うために、世界中の国はその価格を押しつけられていただろう。
・・・ 南側のいくつかの国の経済開発も、東アジアの強力な工業国家の誕生もありえなかっただろう。多国籍企業が安い労働力を求めて南側の国々に投資したのは、日本と競争せざるをえなかったからにほかならない。日本との競争がなければ、開発途上国への投資はなかった。
・・・ また日本と日本のサクセス・ストーリーがなければ、東アジア諸国は模範にすべきものがなかっただろう。ヨーロ ッパが開発・完成させた産業分野では、自分たちは太刀打ちできないと信じ続けていただろう。
・・・ 東アジア諸国でも立派にやっていけることを証明したのは日本である。そして他の東アジア諸国はあえて挑戦し、自分たちも他の世界各国も驚くような成功をとげた。東アジア人は、もはや劣等感にさいなまれることはなくなった。いまや日本の、そして自分たちの力を信じているし、実際にそれを証明してみせた。
・・・ もし日本なかりせば(もし日本戦わざれば)、世界は全く違う様相を呈していただろう。富める北側はますます富み、貧しい南側はますます貧しくなっていたと言っても過言ではない。北側のヨーロッパは、永遠に世界を支配したことだろう。マレーシアのような国は、ゴムを育て、スズを掘り、それを富める工業国の顧客の言い値で売り続けていただろう。