中国人スパイ亡命騒ぎの余波とメルボルンに設置された慰安婦像について


Cheers 2020年2月号記事

昨年11月14日にメルボルンに慰安婦像が設置されました。AJCNは、像がどんなところに置かれているか、碑文に何が書かれているか現地調査を行いました。写真や碑文の内容に関する分析など、

この記事(Cheers 2020年2月号に掲載)をお読みくださればその詳細がわかります。記事の前半では、昨年中国人工作員が豪州に駆け込んで、香港や台湾での中国共産党のプロパガンダ工作について豪州保安機関(ASIO)に情報を提供した事件の波紋について豪州からの視点で報告しています。


AJCN 事務局長兼代表 江川純世


先月号では、中国のスパイ活動に従事した中国人、王立強(ワン・リーチャン)氏の亡命騒ぎと、彼の行なった香港や台湾での工作活動に関する提供情報の内容、その背景について詳しく報じた。今月号ではこの事件の後に、豪州で何が起こったか、その余波について触れる。また昨年11月14日に除幕、メルボルン韓人会館前の駐車場に設置された慰安婦像の概要について、現地のメンバーおよび協力者からもたらされた情報をもとに報告する。


1. 中国人スパイ亡命騒ぎの余波

●スパイ亡命事件の続報
王氏の情報提供のために台湾で拘束された王氏の上司であった向心(シャンシン)氏についていろいろな情報が出てきている。彼は大陸に帰れば共産党内で副省長(中国では省は一国に相当)クラスのかなり高い地位にある幹部であることが分かった。中国のスパイ活動の研究者である米国のピーター・マティス氏(Peter Mattis /Research Fellow in China Studies at the Victims of Communism Memorial Foundation)は著作出版の記者会見の席上、向心氏がスパイ活動容疑で捕まったからには大陸に帰ると命の保証がないので、台湾にいさせてほしいと考え、そのために彼のやったこと、知っていることを進んで話している可能性があると述べた。彼はアメリカ軍の情報も盗んだとされており、かなりの情報が台湾当局経由で米国と豪州に流されているとみるべきである。当然日本にもこの情報は流れている可能性があるが、日本にも中国のスパイが多くいるため情報の扱いには注意が払われるであろう。

https://www.1242.com/lf/asset/uploads/2019/12/IR2.jpg
(左)中国企業「500ドットコム」の本社事務所が入居する広東省深圳市のビル=12月25日(共同)
(右)元政策秘書と元私設秘書の自宅などが東京地検特捜部の家宅捜索を受け記者団から質問される自民党・秋元司衆議院議員=12月9日午後、国会内 写真:産経新聞社

昨年末25日に摘発されたIRプロジェクトがらみの中国企業(500ドットコム)と日本のIR関係者(国会議員含む4名逮捕、接待を受けた12人のリスト流出)の贈収賄事件もその情報提供の起こした波紋かもしれない。「500ドットコム」の親会社は精華紫光集団で重役の一部は最近まで重複していて両社は一体とみられるが、日本のほとんどのマスメディアはこれについて報道していない。
同集団は中国の清華大学が経営していて、その清華大学は中国共産党が直接支配している国立大である。従って同集団は事実上の国有企業集団であり、中国の国策に沿って企業展開している。つまり「500ドットコム」の贈賄は中国共産党=中国の指導の下に行われており、その目的は直接的なカジノ利権の確保といった些末なことではなく、「IRにおけるオンラインカジノ導入」を名目として清華紫光集団のAI技術やビッグデータ解析、IR内監視カメラシステムなどの売り込みを図ったと考えるのが自然である。これが何故日本の安全保障にとって由々しき問題かというと、IR運営、特にカジノ関係では「マイナンバー」カードの活用が決まっており、ソフトウェア面でこれに関与出来れば日本の国家システム自体に直結できる。つまり「カジノ」を通じて日本国民のデータを取り込んだり、日本政府の他のプログラムに侵入出来る。そうなると日本は首根っこを中国に押さえられたも同然となる。またカジノはマカオの例を見れば明らかなように、黒い金を洗うマネーロンダリングの有効な手段であり、中国大陸の膨大な金が、外貨経由で米ドルに換金される兌換機能も持つ。オンラインカジノともなれば、カジノで使われる仮想通貨が海外のどこでも外貨で引き出せる事態となれば、日本の不動産が日本のカジノに持ち込まれた黒い金で買われていく事態にもなりかねない。
日本が中国のこのような浸透工作の根を断ち切ることは米国が5Gでの覇権を狙うファーウエー潰しを図っていることと通底する。カウンター・インテリジェンスは一国だけではなく多数の国が連携しているが、日本政府が安全保障の観点からどれだけこの問題の深刻さを自覚し、関与しているかは不明である。

●豪州政府は情報機関ASIO(米国のFBI、英MI5 相当)とオーストラリア通信局(ASD)、国防情報部の主導による精鋭情報特別ワーキンググループを設立し、外国の浸透工作、諜報活動などの国家安全上の脅威を疑似戦争状態と仮定して対応するための準備を開始した。実質この組織は中国スパイ摘発のための精鋭対策組織である。大事な点はこの組織を作るのに、新たな法的な処置を必要としない点で、日本なら大騒ぎになるところであろう。
PM announces taskforce to counter foreign interference (ABC News)

このタスクフォースに加わるオーストラリア信号局ASD(Australian Signals Directorate)はDefense Strategic Policy and Intelligence Groupの中の組織で、外国の信号情報、軍事作戦への支援、サイバー戦争、情報セキュリティを担当する機関である。ここが加わったということは、疑似戦争状態と仮定して盗聴を含めて何でもありのリアルな戦時の戦術対応を実行するということである。オーストラリア当局としては、目下ASIOはオーストラリア連邦警察(AFP)と情報を共有して、機密情報保護の機能を強化し、情報周辺者と目される怪しい人物を洗い出し、ひそやかに国外に退去させるという。このために約9000万豪ドルの初動資金が準備されたとも伝えられている。
関連記事:
Spies called in to oversee taskforce amid heightened foreign interference threat
https://www.abc.net.au/news/2019-12-02/asio-to-lead-foreign-interference-taskforce/11756060

PM to spend nearly $90 million on foreign interference taskforce(ラジオ)
https://www.abc.net.au/radionational/programs/drive/pm-to-spend-nearly-$90-million-on-foreign-interference-taskforce/11758368

この動きに伴い昨年12月からASIOは猛烈な人材のリクルートを開始した。私のところにもIndeed経由で求人の情報が回ってきた。下記はASIOのホームページからであるが、日本語分析者は対象外であった。


● 12月12日 ABCテレビで在豪アーサー・カルバハウス米国大使が中国政府のオーストラリア居住者に対する嫌がらせに対し、豪州政府はより強い行動をとるべきと注文を付けた。
US Ambassador to Australia Arthur B. Culvahouse jnr, Prime Minister Scott Morrison and Opposition Leader Anthony Albanese at Parliament House in October. SMH CREDIT:ALEX ELLINGHAUSEN

2019年9月号で取り上げたクイーンズランド大学での中華系学生同士の香港問題に関連しての衝突に続き、ウイーグル系居住者を中国共産党のエージェントが監視している問題について、豪州政府に強い要請を行う形になった。アーサー・カルバハウス氏は、ABCテレビで、オーストラリアのウイーグル人は中国政府のエージェントによって監視および追跡されており、中国のブリスベン総領事、Xu Jie氏は、香港大学の民主主義デモ参加者に対する反対を奨励していたと述べた。

Pro-China and pro-democracy protesters clash at a rally in Sydney. CREDIT:AAP

12日の朝の大使のコメントは、クイーンズランド大学での抗議リーダーであるドリュー・パブロウ(Drew Pavlou)氏がワシントンDCで米国政府高官と会い、オーストラリアでの中国政府の嫌がらせに関する彼の懸念を話し、議論したわずか数時間後に発せられた。
パブロウ氏は、米国での会議での米国の反応について、オーストラリア政府よりもアメリカ政府のほうが中国政府の犯罪行為に対しより大きな懸念を示していたと述べた。
パブロウ氏は、今年初めにクイーンズランド大学のキャンパスで開催した親香港の民主主義派の集会で、覆面をした男性に2回襲撃された。その後、Xu Jie総領事は親中国政府のカウンターデモ参加達の「愛国的な」行動を支持する旨の声明を発表し、パブロウ氏は中国の国営メディア(環球時報)で名前をさらされた後、殺人の脅迫を受けるようになった。Xu Jie総領事は声明の中でパブロフ氏に対する暴力行為を特に支持するといった表現はしていない。パブロウ氏と彼の弁護士は、警察に対しXu Jie氏に対する訴状を作成し、州の「平和と善行法」Peace and Good Behaviour Actの下での拘束命令を求めた。
中国のウルトラ・ナショナリストまたは中国共産党が組織するSNSプロパガンダ実行部隊(5毛党、1件の書き込みで1毛を得る。1毛は8.5円)が、オーストラリアをはじめ海外に住んでいる中国共産党批判者をターゲットに、反対意見を封じ込めることを目的とした悪質なオンラインキャンペーンを行っていることは広く知られている。

関連記事:
US ambassador claims Chinese agents at work on Australian streets
https://www.smh.com.au/politics/federal/us-ambassador-claims-chinese-agents-at-work-on-australian-streets-20191212-p53jie.html

US ambassador claims Chinese agents at work on Australian streets
https://amp.9news.com.au/article/06f11df6-08e2-4d3a-be55-c5cc8153f3a7#referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.com&amp_tf=From%20%251%24s

'Humiliating': Chinese nationalist trolls target critics in Australia
https://www.smh.com.au/national/humiliating-chinese-nationalist-trolls-target-critics-in-australia-20190819-p52in4.html


2.メルボルン慰安婦像について

慰安婦像の除幕式が昨年11月14日にモナッシュ(Monash)市オークリー(Oakley)の韓人会館(the Korean Society of Victoria)前で行われた。シドニー近郊のアッシュフィールド市にある教会(Uniting Church Ashfield)裏の駐車場に設置されている慰安婦像に続き、豪州では2体目、海外に設置されたのは、米カリフォルニア州グレンデール市(13年7月)などに続き今回で10体目となる。除幕式に出席するためオーストラリアを訪問中のソ・チョルモ華城市長も除幕式に出席した。韓国京畿道華城市は像の海外設置を積極的に支援し、同市が支援、設置した像は今までカナダ・トロント(2015年11月)、中国・上海(16年10月)に続きこれで3体目である。今回設置された像は、華城市が14年8月に同市の東灘セントラルパークに設置したものと同じもので、愛知県で開催された国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で一時中止になった企画展「表現の不自由展・その後」に出展された少女像を製作したキム・ウンソン/キム・ソギョン氏の作品とのことである。華城市長は「少女像の建立は慰安婦被害者の傷を癒やし、日本軍の性奴隷蛮行を世界に知らせる趣旨で始まった」とし、「平和に向けた華城市民とメルボルン韓人同胞の切実な願いが世界に伝わることを願う」と述べた。
シドニーとメルボルンの慰安婦像の本体のデザインは同じであるが、設置を推進したグループは違い、そばに据えられた碑文の内容などは大きく異なる。どこが大きく違うのか、その背景には何があるのかを分析する。

1) 像の概要
写真はAJCNの協力者が撮影、提供したものである。
Melbourne3
韓人館ビル、事務所前の駐車場スペースに像は設置されている。床面左右に碑文(英語とハングル語)が設置されている。

http://nadesiko-action.org/wp-content/uploads/2019/12/Melbourne4-e1577595881793.jpg
少し離れて、道路から。メルボルン韓人館事務所前は、あまり人が来ない場所だが、道路に面しているので像は歩行者から簡単に見えるところにある。

メルボルンの像の設置を推進したのは韓国の華城市と市民グループMCWM Task Force (Melbourne Comfort Women Memorial Task Force)であった。これに対しシドニーに設置したのは北朝鮮とのつながりが強い正義連:日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(旧称韓国挺身隊問題対策協議会)の指導下にあるFCWS (Friends of Comfort Women in Sydney) であった。MCWM Task Force による除幕式の告知はFCWSのFacebookのホームページに紹介されていることからこれら二つのグループが連携していることがわかるが、二つの像のそばに設置されている碑文の内容を見ると明らかに姿勢が異なる。

2) 主文の内容の比較
(アッシュフィールド市に設置の碑文)
設置者はシドニーの韓国系居住者、正義連と韓国京畿道城南市。

Statue of Peace

In memory of the history of suffering endured by the young girls
and women known as “Comfort Women “ who were forced
into a sexual slavery by the military of the government
of imperial Japan.

We hope for the restoration of honour for the victims through
an official apology and legal reparations by the Japanese government
and that such violence and crimes against humanity by war never
be repeated in the future.

6 August 2016

Sydney Korean-Australians and their Australia’s friends
for human rights and everlasting peace.

The Korean Council for the Women Drafted 
for Military Sexual Slavery by Japan

Seongnam Citizens Republic Korea



(メルボルンに設置の碑文)
設置者はメルボルン全市民と韓国京畿道華城市。
Comfort Women、forced into sex slavery、日本政府に対する公式の謝罪と法的賠償要求
の文言なし。文中、メルボルン市民が「people of  Mebourne 」とエルが抜けているのは急いで作成したからであろう。それはさておき、どこにも「韓国Korea」、「日本Japan」、「慰安婦comfort women」、「性奴隷sex slave」の文字やお決まりの政治的な主張がない。これではこの像が、ベトナム戦争中に韓国兵がレイプ、虐殺したベトナム女性や韓国軍用の慰安婦たち、彼女たちとの間に生まれベトナムに置き去りにされ、差別されているライダイハン達なのか、2002年6月13日韓国楊州市で起きた駐韓米軍所属の装甲回収車による轢死事件の犠牲者である2名の女子中学生か、はたまた第2次大戦中の日本軍慰安婦の約40%を占めた日本女性を悼んでのものか判然としない。華城市長が除幕式の時に述べた「日本軍の性奴隷蛮行を世界に知らせる趣旨」に気づく豪州人はまずいないであろう。
これまで設置された世界各地の慰安像の碑文と比較すると、非常に腰の引けた碑文になっている。明らかに現地での人種対立、政治的軋轢を避け、現地推進者がラディカルな活動家と見られたくないという意図が透けて見える。これは慰安婦像設置反対運動を続けてきたAJCN、現地の日本人それをサポートしてくれた豪州人の周囲に対する働きかけの賜物と言える。

Among the awakening haze on the mountain
streams in August, lies a hidden story of a
yellow butterfly fluttering away.

However, no matter how hard you conceal
the past, what could possibly stop it from
revelation?

As we have unraveled the butterfly’ s hidden
story, the peace loving people of Me(l)bourne
and Hwaseong have united to overcome a
painful past.
In the face of this new hope we dedicate the
Peace Statue.

                  14 November 2019
            From all Melbourne and Hwaseong people


3) モナッシュ市長あての手紙
AJCNは11月初め、設置された場所の行政区であるモナッシュ市のSane McCluskey市長にメルボルンの慰安婦像除幕式が執り行われることについて懸念を示す手紙を送った。8ページにわたる長文であるが、豪州における慰安婦像の本質、中韓反日団体による第一次慰安婦像設置推進運動から始まり、第二次設置推進運動で周囲の反対を押し切ってアッシュフィールド市の教会裏に設置され、そして今メルボルンで設置されようとしている現在までの経緯と推進者たちの背後にいる外国勢力について写真や付属資料で詳細に説明した。
この手紙の全文はAJCNのブログで公開予定。http://jcnsydney.blogspot.com/
AJCN はこれに対する市長名での返事のレターを受領している。
問題は私有地である韓人会館に仮置きされた後の移設先であるので、公共用地や多くの市民の目に触れる場所に建てることは問題であることを強調し、コミュニティーの安寧を乱さないよう協力を依頼した。市長からは本件については認知している、公共の場所への設置申請は出ていないとの返事をいただいている。
慰安婦問題をめぐるメルボルン韓人会、市民グループMCWM Task Forceの活動は、慰安婦映画映写会、除幕式程度でイベント参加者も少なく、在メルボルン日本総領事館前での水曜デモも行っておらず、シドニーに比べると大人しい。慰安婦問題は、中国共産党のプロパガンダを統括する機関「統一戦線」(中国共産党中央統一戦線工作部)と北朝鮮政府の日米、日豪分断工作のためのツールと豪州政府も認識し、慰安婦像設置推進団体および個人は豪州保安機関のサーベイランスの対象となっていると聞く。北朝鮮経済スパイの摘発、中国の浸透に対する対抗策の強化、孔子学級の閉鎖等中国、北朝鮮に対し厳しく対応する豪州政府の監視の目が注がれる状況下で、メルボルンの慰安婦像設置推進団体が彼らの運動をHigh Profile化しないのは当然であろう。